◇ 『声の網』 著者: 星 新一
2018.10 改題20版 KADOKAWA刊
(角川文庫)
ショートショートの名手・星 新一の短篇集。
都市部の一角にあるメロン・マンションに住む12人の住民がコンピュータの作り出した
情報管理システムの支配に翻弄される姿を描く。
中層マンション(多分12階建て)の住人に奇妙な電話が届く。例えば「これからお前の
店に強盗が入る」、「あなたは1週間前にホスト・クラブに行ってご主人に隠れて男と付き
合っている」など。本人しか知らない内容をなので当然みんな疑心暗鬼になる。
一方「何か望みはあるか」などと聞かれた男が「金が欲しい」、「美しい女が欲しい」、
「地位が欲しい」などと好き勝手なことを言ってそれが叶えられる。などといった奇想
天外な話も出てくる。
各階に住む老人から小学生までの多種多様な人たちが遭遇した被害の様子が12のストー
リーとなっている。貫く主軸はおぞましい情報管理社会の到来。
ここでは買い物はもちろん、預金の振替えや入金、医者の診療などすべて電話を通して
処理されるし、過去の旅行や約束など個人情報もすべて情報銀行という機関が出し入れと
検索サービスをしてくれる。今日コンピュータが処理していることをすべて電話がやって
いるという仕掛け。
本書が書かれた昭和45年(1970年)といえばまだコンピュータの黎明期であり、パソ
コンは元よりSNSやLineのような情報交換機能も現れてはいなかった。もちろん携帯電話
も普及していなかった。
ここでは電話機が家庭内の個人的な言動情報の収集や指示の端末になっており(なんと
電話口から催眠ガスまで出せる仕掛けになっているのだ!)、家庭・事業所などの各個の
電話機を通して収拾された情報をコンピュータが情報処理をし、電話機を通して怪しげな
脅しや指示を下しているのである。コンピュータは機械なのでもちろん機械的に処理して
いるはずなのであるが、意外と感情を交えた処理になっているところがほほえましい。
「コンピュータ時代に入って情報はより広く、より深く、より多様にうまれ、それは採取
され、将来にために準備されるのだ。(p156)」
昨今の個人情報の漏洩・流出や氾濫、取引の実態を見るに、著者の先見性を高く評価せ
ざるを得ない。
(以上この項終わり)