明け方頃頃にはすっかり雨もあがっていましたが、各地では大雨警報が発令されたり
近辺でもかなりの雨だったと聞きますが、ほとんど意識なく爆睡していましたので
全く知らない平和なヤツです。
夕方までどんよりとした雲に覆われていましたので、PM2.5も雲のフィルターの
上で止まっていた感じで下界はかなり良好な状態でした。
四国八十八箇所を巡る弘法大師所縁の巡礼のみ「遍路」と言い、その他は弘法大師様
とは直接関係なく「巡礼」と言いますね。
西国三十三か所観音霊場は養老2年(718年)、大和国の長谷寺の開基である徳道上人が
62歳のとき、病のために亡くなった折に冥土の入口で閻魔大王に会いまして、
生前の罪業によって地獄へ送られる者があまりにも多いことから、
『日本にある三十三箇所の観音霊場を巡れば滅罪の功徳があるので、巡礼によって人々を
救うように』
と託宣を受けるとともに起請文と三十三の宝印を授かり現世に戻されました。
それが西国三十三か所観音霊場巡礼の始まりと言われています。
それを引き継いだ花山法皇が広めたというのが現在にも伝わっています。
ただ、花山法皇が崩御されてから三十三か所に指定されただろうと推定されるお寺もあり
当初の三十三か所が今と同じだったかどうかは定かではないそうです。
私の亡父は西国巡礼も四国遍路も何度も回っていて、納経帳(御朱印帳)も掛け軸も
子や孫に一本ずつ分け与えてもまだ余るほどで、納棺の際に棺にも何冊か入れました。
納経帳には巡礼には小さな散華、遍路には短冊のような納め札(フダ)がつきものです。
巡礼の散華は何回回っても同じものですが、遍路の札は回数によって色が変わって
行きます。
白:1~4回、緑(青):5~7回、赤:8~24回、銀:25~49回金:50~99回
錦:100回以上 となっています。
私は納経帳(御朱印帳)をスタンプラリーだと思うことはありませんが、亡父ほど
信心深くも無い罰当たり者ですので、一度行ったところにまた行くことも少ないと
思います。
比較的近い岡寺・壷阪寺・長谷寺などは時々行くだろうと思うので、御朱印はまだ
頂いておりません。
つまらない話が続きました。
ご近所さん(個人のお宅の前庭)で見つけた花を少々 ・・・
名前を調べて初めて知りました。
これは牡丹ですね。
凄く存在感のある花ですね。
今年はまだよう行っていない、當麻寺や石光寺と牡丹と石楠花で有名なお寺があります。
ご近所で拝観料も要らずに見せてもらっていていいのかなぁ なんてちょっぴり反省。