リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

バロック・リュートを弾こう

2006年07月19日 13時03分11秒 | 音楽系
ルネサンス・リュートを弾いていて、いずれはバロック・リュートを始めたいという方は意外と多いようです。勤勉で勉強熱心な日本人には向いている楽器なのかも。でもやり始めるとこれが結構大変な楽器なんですよね。

アマチュアでバロック・リュートをされている方の演奏を(見て)聞きますと、技術的な問題がクラシック・ギターなんかとは比較にならない程大きく横たわっているのを痛切に感じます。そりゃそうですよね。弦の数は13コースの場合24本もあるし(ギター4本分)、弦長は70cmで長い(ギターより5cm長い)、さらに糸巻きは扱いやすいギアではなく、木製のペグ、楽器は裏が丸くてホールドしにくい。これだけでも充分すぎるくらい大変なのに、右手の親指が低音弦をたくさん担当しなければならないという、バロック・リュートやテオルボ特有の技術を習得する必要があります。

でもこれって、実はギターやルネサンス・リュートと比較するから難しさが際立つみたいなんですよね。ハープはバロック・リュートよりずっと弦の数が多いですが、誰もそういう比較はしません。バロック・リュートはルネサンス・リュートとは全く別の楽器、もちろんギターとは更に別の楽器だと考えると以外とすんなりと行くかも。ま、似ている所もあるのでやっかいなんですが。

以前私の所に習いに来ていた人で、いきなりバロック・リュートを始めた人がいました。よくあるのは、ルネサンスをやっていて、ある程度上達したらバロックというパターンですが、彼はルネサンスもギターも全く練習したことがないのにバロック・リュートを始めてしまいました。でも、意外とスムーズに上達していましたよ。ルネサンス・リュートでいくらフィゲタ(人差し指と親指を交互に動かして旋律とバスを弾くテクニック)ができても、バロックでは関係ないし、クラシック・ギターでアポヤンドやトレモロがどんなにスムーズにできたところで、バロック・リュートでは何も使えませんから。

彼がいきなりバロック・リュートを始めたいと言ったとき、たぶん問題ないだろうと思ったのは、昔、例えば18世紀のはじめ頃のドイツでリュートと言えば、いわゆるバロック・リュートを差し、リュートを始めるということは即ちバロック・リュートを始めると言うことだったんですね。まず、ギターを少し習い、次にルネサンス・リュートをやり、ある程度上達したらバロックへ、なんてヒエラルキーは当然ありません。そういうのって現代人が勝手に作っちゃったもんでしょうね。

重要なことは、バロック・リュートがきちんと弾ける人に教えてもらうことです。自分にギターやルネサンス・リュートの心得があるから、それらの技術から推測して弾いてみるとかしてもできるわけがありません。でも何かそういう感じの人って結構多いみたいでちょっと残念です。エレキギターを弾ける人が、その技術を使えるから大丈夫だって感じで津軽三味線を独習する人なんていないのにね。

バロック・リュートはなまじリュートの格好をしているから誤解されるんでしょうね。でもルネサンス・リュートでよく使われるモデルは1500年代のものだし、バロックのそれは1700年代のもの。楽器として、150年~200年くらいの時代的隔たりがある事実は知っておく必要はありますね。いくら世の中の変化が少ない昔でも150年も200年もすれば相当モノは変わりますから。

あと、いきなりバロック(笑)という場合、小さめで11コースのフレンチ・バロック・リュートで始めるのも手かも。11コースも13コースも弦の数が多いには違いないので大差ないといえばその通りですが、弦長が短くボディも少し小振りなフレンチは大振りな13コースよりは扱いは楽です。

とまぁ、いろいろ大変なことが多い楽器ですが、ヴァイスやバッハあるいはガロ、ゴーティエなど(まだもっと沢山いろんな人がいますが、略です)の世界はそういった苦労をする価値がありますね。残された作品の量、質ともに際立った楽器(そこんじょのポッと出の楽器じゃないっすから)ですので、ぜひ少しでも多くの方にその魅力を聴くだけではなく演奏することによっても味わってほしいです。