リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ガット or not? (2)

2019年09月13日 20時38分19秒 | 音楽系
前回の歴史的事実にもうひとつ追加。ピラミッド社やアキーラ社などの金属巻き弦は、リュートの時代には登場していいません。

こういった歴史的事実と現状を踏まえないと、美しい誤解やある種の「信仰」が生まれることになります。

美しい誤解例:

昔のリュートがガット弦を使っていた。だから楽器がせっかく当時のものを復元したものである以上、弦もオールガットにするのが最もオーセンティックである。従って私はA社のガット弦を1~13コースまで張っている。6~13コースには、A社がバス用にいいですという弦を使っている。(こういう人に限って高音弦はケバケバのまま使用しているので、音はボコボコ、バス弦は音はあまり出ずボッソンボッソンの音、音程も悪い、でもこういうのこそがリュートなんだと信じ込んでいる)


この例でいうと、オールガットにするべきだという考えはある条件があれば全く正しいです。その条件とは、特にバス弦に関して昔と同じ製法で高性能の弦が復元されている、ということです。先述のようにバス弦に関しては高性能のガット系のものはまだないのが現状です。上述の方は、現在販売されているバス用のガット弦が、ヴァイスが使っていた弦と同等の高いレベルにあると信じているからこそ、音がボッソンボッソン(カッスンカッスンいった方がいいかな)に聞こえていても心を合理化して、こういうのが本物だと自分に思い込ませているか、まだ自分は技術が至らないので、上手くなったらもっといい音が出るはずだとか、進化論的に、実はバロックの時代は遅れていたのでこんなものかも、なんて思っているのかも知れません。

いろんなガット弦メーカーのリュートバス用弦を見てみますと:

A社のピストイ弦、リヨン弦、ギンプ弦。同社のピストイ弦とリヨン弦はメイスが音楽の記念碑で言っているものとは異なり、A社独自の製法です。ホームページのどこにも昔の弦を復元製作したとは書いてありません。ギンプ弦は、ギンプという針金を芯にしたより糸や同様の作りの絹製の釣り糸がもともとあり、それとよく似ている製法なのでギンプ弦と名付けたようです。

B社、C社のヴェニスとかルクスラインなどと呼ばれている低音用の弦も同様に独自品です。従って、バス弦にそういった弦を張っているのであればオーセンティックとは言えません。バス用のガット弦はまだ開発途上、暗中模索なのです。

現代に製作された楽器に関しては、もちろんレベルの低い楽器もあるでしょう。でも「お手本」になるものがしっかりと残っているので、製作家の技量次第ではレベルの高い楽器も存在します。ところがバス弦に関しては「お手本」がないのでなかなか復元が難しいのです。車のエンブレム・チューニングよろしく名前だけの復元はあるかも知れませんが。

上述の弦を実際使ってみますと、音が前に出てこなかったり、上手く振動しないので音程が不確かだったり、音程が悪かったり、音量が不十分だったりで、なんとか使えるかなというのはありますが、(過去のエントリーに出ています)満足とは言えません。中には全く使用に耐えないものもあります。なにより、このレベルの弦をあの稀代のヴィルトゥオーゾであるヴァイスが使っていたとは到底思えません。

ただ高音用のプレーンガットに関してはとてもよくなってきました。もう6,7年前になりますか、A社が羊ではなく牛のガットを出したのです。当初はオプショナル、現在では多くが牛になっています。それより前は1コース用のの細いガット弦は1日保たないものすらあり、全く実用的ではありませんでした。現在の牛のガットは、1コースは数日+α、他のコースは1ヶ月かそれ以上保ちますので実用的と言えます。私としては1コースは10日間は全くケバが出ない状態で使えるようになって欲しいとは思っていますが。