リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

(マスタークラスと師事)xレッスン(2)

2023年10月24日 16時08分22秒 | 音楽系
今度はアマチュアの場合を考えてみましょう。

特定の師匠から継続的レッスンを全く受けず、ときおり開催されるマスタークラスと称するレッスン会はすすんで受講するというケースです。このケースは意外に多いようです。

マスタークラスでは、前回のエントリーで書きましたように、結局のところシャンシャンシャン・レッスンで終わってしまうので、技術的、音楽的なことで身についていないことを指摘されないまま終わってしまいます。

大家の方からレッスンを受けるというのをファッションにしているのなら別ですが、上達しようと思うのならやはり基礎から信頼できる師匠のもとで継続的にレッスンを受けるべきです。マスタークラスを何回積み重ねても本質的なところが身につくことはありません。

ここまではまだいいとしても、ちょっとこれはいくらなんでもという場合があります。リュートを演奏するアマチュアの場合とても頭のいい方が多くて、それはとてもいいことなんですが、そういう方の中にときどき困った御仁がいらっしゃいます。

若い頃からどんなことでも(主に学校知の範囲ですが)できないと言われたことがなくリュートに関してももう自分は基本は充分知識がありよく弾けていると勘違いしている方が時々いらっしゃるのです。そういう方が大家のマスタークラスを受講して充分力が付いたと思い込むようです。

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3 コメント

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Unknown (やまねこ)
2023-10-24 18:31:54
たしかにそうですね。
 先日の今村先生の講習会なども、参加された方の演奏経歴はわかりませんが、すでに相当な勉強期間とすでに師匠にも就いている方々であったのでしょうか。
1日だけで全てを得られるものでないでしょうが、師に就いて真剣に研鑽なさっている方であればあるほど、一言一言の意味をかみしめ、得るものが大きいのでないかなと思いました。

良い師から継続的レッスンを受けた上での
参加であっても、自分の演奏の客観的な聴こえ方と常に向き合う姿勢は大事だなと思いました。ちょうど思い出したことがありました。
 何かの折に私の師匠に質問したことがありました。「先生のいないプロは録音して常に自分の演奏を聴くことだ」と話されていたことです。簡単に聞こえますが、厳しさに向き合うプロの姿勢を見た思いでした。
 道を究めるというのは大変なことですね、頂上の見えない山登りのようです。もしかすると演奏する限り、リュート道という山道はずっと続くのかもしれません。
有限の時間、大切に使いたいと改めて思いました。
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re (nakagawa)
2023-10-24 23:38:57
名古屋の今村講習会で受講された方6名全員普段から先生について習っている方でした。このシリーズあともう一回書く予定です。
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Unknown (やまねこ)
2023-10-25 08:00:30
やはり、そうでしたか。
 ありがとうございます。
(3)も楽しみに拝見させていただきます。
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