いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

育てているつもりで、摘んでいる。 no bringing-up , nip buds

2010-10-24 19:45:06 | 日記
 (1)現代社会は、育てているつもりで、摘んでいる(with the intention of bringing-up , nip buds)
パラドックス社会(paradoxical society)だ。近年の子どもは、自身は当然感じていない訳だけれど、
生まれた時から「仕組み(frame work)」の中で成長路線マニュアルに従って生きている。
 必ずしも比喩としてだけでもなく、「型」にはまった成長過程の中で、型破りな奔放で多様な成長力
の性格は訪れない。

 塾社会の中での「型」にはまった成長をする子どもには、将来のなりたい職業を聞いても(アンケート)、
食べていければいいというような極めて現実的で夢のない回答が多い。そこで、でもないが、最近の
塾社会では、子どもにも将来の職業選択の講座が出現している。
 子どもの成長への「型」にはまったサービス、手助けもここまできたかと思いきや、それだけではない
塾社会を取り巻く環境の変化があるらしい。

 少子化と大学卒業生就職難時代を迎えて、単に大学合格名目だけでは学習塾の経営が成り立た
ない時代背景がある。学習塾は年々減少して、09年は前年比較2.6%減少でほぼ10年間で10%
減少している(統計)。

 公平で公正な教育社会の実現にとっては必ずしも悲観的な数字ではなく、むしろ教育の多様化に
向かって子どもの型にはまらない無限の可能性に期待の持てる現象、社会環境の変化だ。
 
 (2)そこへきての、子どもに対する将来の職業選びのアドバイス、手助け事業となると、なんでも経営
にしてしまう企業の無節操にはあきれるばかりだ。子どもへの夢を育てているつもりで、摘んでばかり
いる。親もまた、安易にそのパラドックス(paradox)に取り込まれている。

 成長過程の子どもの能力開発は予測もできないし、自然力エネルギーがあり、近年は社会のフレー
ムワーク、企業の何でも経営の考えが子どもの成長をやたら阻害して、親も都合のいい方向に安易に
妥協して阻害観に気付かない。気付いても、親の淡い期待でなんとかなると楽観的だ。

 子どもというのは、成長過程に従って比較対応、相応の成長を続け、誰もが「大人」になっていく。
子どもの頃から、学習能力の平均値がどうの、身体能力の平均値がどうのと決めつけるには早すぎる。
成長する子どもを、育てているつもりが、子どもの夢を摘んでいるのがパラドックス(paradox)の現実だ。

 人生80年の中で、少々早いか遅いは単にその人間のリズム観、特徴とでも考えればいい。それを
最大公約数の「型」にはめる必要などない。
 確かに、どういう大人になるのかは問題だ。子どもの頃には、専門性よりは、幅の広い教養性の生活
環境が大事なだけだ。それは、塾社会に頼ることのない、親の責任として生活を子どもと一体として触
れ合うことで、自然に育つ力が一定時期には必要だということだ。
 育てているつもりで、摘んでいる社会の改革が、昨今の理解不能の社会現象解決の糸口だ。

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