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kオジサンの中山道旅日記 その12 JR十二兼駅からJR上松駅 まで

2018-06-24 23:19:10 | Kオジサンの中山道旅日記 

6月24日(日) 曇のち晴 JR十二兼駅からJR上松駅まで

第12回です。第11回の続きで前回、終了したJR十二兼駅から街道歩きを再開して上松宿を目指しました。
中山道と中央本線が平行しており、何度か踏切を渡りました。それに中央線のガード下を潜るのも数回。これは元々中山道が有って、明治の時期に鉄道が敷設されたので、踏切りやガードで交差した結果なのでしょう。それに、元々中山道だった箇所が国道19号線で拡幅されたところも有りました。
中山道と国道19号線が並行しており、着いたり離れたりしました。そんな国道の横の歩道を延々と歩きました。

JR十二兼駅 ― 十二兼北信号  ― 十二兼  ― 第13中山道踏切  ― 
中央線ガード下 ― 下在郷一里塚跡 ― 野尻宿西口 ― 野尻宿本陣跡 ― 
第12中山道踏切 ― 第11中山道踏切
 ― 道の駅大桑 ― 第10中山道踏切 ― 
JR大桑駅 ― 伊那川橋 ― 大桑村橋場地区 ― 
第9中山道踏切 ― 須原宿門前下
 ― 定勝寺  ― 須原宿本陣跡 ― JR須原駅 ― 
須原宿一里塚跡  ― 
糸瀬山登山口  ― 大桑村上松町境界  ― 倉本一里塚跡  ― 
空木岳案内板 ― 
中央線ガード下 ― 草道の坂 ― 庚申塔 ― JR倉本駅 ― 
上松町荻原地区  ― 
荻原一里塚 ― 小野の滝 ― 中央線ガード下 ― 木曽寮 ― 滑川橋

 ― 石畳の道 ― 桂の大木 ― 越前屋 ― 中沢橋 ― 寺坂 ― JR上松駅

JR中津川駅

(07:36)
乗ってきた中津川行きの列車が7時35分着でした。
ここで乗り換え、松本行きに乗車します。
乗客が少なく、車内はガラガラでした。




列車の車窓から。
もう直ぐ十二兼駅です。
木曽川と国道19号線が並行しています。
この箇所。前回に歩いたコースです。



JR十二兼駅

(08:19)
JR十二兼駅に着きました。




JR十二兼駅で私以外にこちらのご夫婦が下車しました。
お二人。車内で私の横に座っていた方です。
リュックを背負っています。
街道歩きですかと聞くと、そうだと言っていました。
こちらのご夫婦。南木曽駅から乗車してきました。
上松方面に歩くと話していました。
この中山道歩き。何日目と聞いたのですが、判らないと言っていました。
何日目か判からないくらい、街道歩きを続けているのでしょう。
どちらからと聞くと、大阪からと言っていました。
ザ゛ックが小さいです。
想像ですが、車で来て歩き、列車で車に戻るの繰返しではないでしょうか。
そして車中泊かも知れません。

十二兼北信号

(08:24)
国道19号線の十二兼北信号です。
あの横断歩道を渡り、坂道に向かいます。





十二兼の集落に入ってきました。





(08:34)
中山道が中央線と並行しています。



第13中山道踏切

中山道と中央線が所々で交差しています。
ここは第13踏切ですが、この前には第14踏切が有りました。
これまでに気付きませんでしたが、何番の踏切りまであったのだろう






(08:58)
中央線のガードをくぐったところで前方から男性が歩いて来ました。
Mさんは中津川にお住まいだそうでした。
今日は野尻駅から歩いて来たと言っていました。
藤村の夜明け前の書き出しの一節。「木曾路はすべて山の中である」の書き出しで知られている。多くの人は馬籠と妻籠の間がこの舞台だと思っているようだが、こちら、野尻から南木曽に掛けての方が本来の舞台のようだとのことでした。
その景色を見てみたい。
この辺りを3回歩いたと話していました。



下在郷一里塚跡

下在郷一里塚跡に来ました。



野尻宿西口

(09:08)
右側の家屋は野尻宿の西のはずれの場所だそうです。
それで、屋号が「はずれ」と言うと説明板に書いて有りました。





野尻宿の中を歩きます。





(09:15)
野尻宿脇本陣の石柱が立っています。



野尻宿本陣跡

こちらは本陣跡です。
後ろの石碑は明治天皇御小休所となっています。
明治の頃は本陣だった建物が残り、明治天皇が休んだのでしょう。






(09:19)
野尻宿の宿場内です。






(09:21)
野尻宿の石碑の周りを草刈りする男性。
ここまで歩いて来て、どちらに進めば良いのか刈らなくなりました。
道がアルファベットの 逆のようになっていました。
どちらに向かえば良いかわからず声を掛けると進む方向を教えてくれました。





中央線の横を歩きます。
前方にギザギザの形をした山が見えます。



第11中山道踏切

(09:31)
上りの「しなの」が通過しました。
第11中山道踏切を渡ります。
反対側から男性が歩いてきます。
静岡から来た男性で前日は木曽福島から須原まで歩き、今日は須原から南木曽まで歩くと言っていました。
時々、1泊で歩いたりしていると話していました。





ガードレール横のホタルブクロ。
今が最盛期なのでしょう。
アチコチで見かけました。






(09:39)
中山道が国道19号線と一緒になりました。
歩道を歩きます。
右側に「道の駅 大桑」が見えます。






歩道の下を中津川行きの普通列車が行きました。






(09:53)
先ほど見えたギザギザの形の山が近くなりました。
中央アルプスの方角で木曽駒か宝剣岳ではと思います。



第10中山道踏切

(09:55)
第10中山道踏切の上から大桑駅が見えます。
この辺りの中央線は単線ですが、駅で、複線になっています。





(10:12)
須原宿への石碑。





(10:36)
須原宿へ来ました。
大きな木をくりぬいた水舟。
須原宿は水舟の里をキャッチフレーズにしています。

この水舟は定勝寺の下にあるものでした。
須原宿の枡形で、本来の中山道はここへ寄っていませんでした。
気が付かずに来てしまいました。





水舟の里の地図です。
須原宿には水舟が随所に有りました。







定勝寺

定勝寺 の石段です。
定勝寺 は木曽三大寺の中でも最古刹の寺です。




常夜灯と呼んでよいのだろうか。
こんなのが何箇所も有ります。








(10:38)
須原宿のメイン通り。
前方に列車が見えます。





前方から若い女の子が走ってきました。
木曽路を走っているのかと聞くと、そうだと応えてくれました。
「木曽路を駆ける女」そんなイメージです。





(10:40)
水舟は上町下水舟とか茶屋町水舟が有ります。
こちらは本町水舟。




かけはしの蔵元。
西尾酒造店です。



須原宿の宿場の中です。




須原宿本陣跡

(10:43)
本陣跡です。
何年か前は家屋が有りましたが、無くなっています。
維持していくのが困難になったのでしょう。



JR須原駅 

(10:47)
須原駅まで来ました。
ここで昼食にしました。



須原宿一里塚跡

(11:08)
須原宿一里塚跡です。
宿場の北の入口に有りました。





須原宿の北の入口。
石碑があり、一里塚も有ります。





須原宿の表示板の裏側です。






(11:14)
須原宿を出て、中山道が国道19号線と少し離れました。
歩道となっているのですが、草が繁っています。
あの木曽路を駆ける女。彼女もここを走ったのだろうか。



糸瀬山登山口

19号線の歩道を歩いていると、糸瀬山登山口の表示が見えました。





(11:41)
上りの「しなの」が通過して行きます。



大桑村上松町境界

(11:49)
上松町のロードサイン。
ここから上松町に入ります。






木曽川の対岸。
桃山発電所が見えます。




倉本一里塚跡

(12:06)
駐車スペースに倉本一里塚の表示がありました。
停まっていたトラックに隠れていました。
地図でこの辺りに有るハズ。
それで探して見つける事が出来ましたが、見落としてしまいそうです。



空木岳案内板

国道から折れて中に入ります。
空木岳の案内標識が有ります。



草道の坂

(12:16)
珍しい草の道の中山道です。





倉本集落の中を歩きます。




JR倉本駅

(12:25)
倉本駅が見えるところに来ました。
中山道はこの先、左に進みます。
そして中央線の下を抜けました。






国道を離れて立町集落の中を通る道です。





(12:51)
信号を綿って国道の東側を歩きます。
中山道は右の坂を登りますが、そちらに入らず歩道を歩きました。




荻原集落です。
右に進むのが中山道です。
ここでは右へ行きました。





(13:12)
荻原集落に入ってきました。そして、和水と言う風越山の湧き水の表示がありました。
そちらの方に行ってみます。





「和水」(なごみ)と言う水場。
ず~と流れっぱなし。
ヒシャクが有り、飲んで見ました。
長時間歩いて来て、喉を潤してくれる。そんな美味しい水でした。
横に募金の筒が有り、10円投入しました。



荻原一里塚

(13:17)
荻原一里塚へ来ました。
荻原一里塚は中山道が国道19号線と一緒になるところに設けてありました。




国道19号線の歩道を歩きます。



小野の滝

(13:29)
国道沿いに有る、小野の滝に来ました。
名所・木曽八景の1つです。
説明板には中山道六十九次の上松宿で、この小野の滝が題材になっていると書いて有りました。
上に中央線の鉄橋が架かっています。
左の橋脚は石造りで、右の橋脚はコンクリート造です。
明治時代は石造り。昭和がコンクリート造りです。
明治は単線であって、昭和になって複線電化の時にコンクリートの橋脚が増設されました。
明治は突貫工事で風景を壊してしまう。そんな事を気にしなかったのかも知れません。



中央線ガード下

国道から街の中に入って行きます。
ここのガード。
旧線と新線が良く判ります。



石畳の道

(13:52)
道路から分かれて石畳の道に入ります。






道沿いに咲いていた花です。
オオヤマレンゲだと思います。
山へ行っても、滅多に目にする事が無い花。
そんな花がこんな所で見れました。





(14:01)
前方からご夫婦が歩いてきました。
上松駅から須原駅まで歩くと話していました。



越前屋

古い建物。
越前屋です。
中山道を多くの人が往来した頃から有る有名な蕎麦屋だった処です。
ここの角を降りていくと寝覚めの床です。






木曽川の対岸。
寝覚発電所が見えます。





(14:30)
眺望の良い場所。
上松駅が見えます。
あそこが今日のゴールです。



旧国道19号線だった道です。
バイパスができ走る車が少ないです。



JR上松駅

(15:14)
上松駅に着きました。
上松駅を撮影したのは15時14分ですが、14時55分頃に到着でした。
列車の時刻が15時56分で1時間ほど時間が有りました。
駅の周りをウロウロ。
そして、酒屋で缶ビールを買って来て駅前のベンチで呑みました。






今日の歩行状況です。
25キロほどを歩きました。


JR上松駅

(15:55)
15時56分発の中津川行きが入線してきました。





倉本駅を過ぎた列車の車内。
運転室の後ろの二人。
先ほど、越前屋近くで出会った人たちです。
あの時は須原駅まで行くと話していました。
須原駅に車を停めて列車に乗り、上松駅から乗って戻ろうとしているのかも知れません。
でも、歩くのがキツかつたか。
中央線の列車は本数が少なく、乗り過ごすと1時間以上も待たなければなりません。
体調を考慮し、倉本駅から上司やする判断は好い決断だったかもしれません。






感想
自宅から公共交通機関を乗り継いで目的地に向かい、前回終了したところから再開する。そんな繰り返しで12回を重ねました。こんな状態が何時まで続けれるのだろう。
いよいよ、木曽路の中心部まで歩いてきました。中山道と中央線。木曽川が並行しており、国道19号線も並行しています。時には国道の歩道となり、時には分離して集落の中を歩く。そんな状態の繰り返しでした。
随所に点在する発電所。木曽の山々。これが木曽路の風景です。
そんな雰囲気を味わいながら街道を歩いています。


今日の経費
JR那加駅からJR十二兼駅までとJR上松駅からJR那加駅まで。
青空フリーパス 2,570円
パン 108円
カップ麺 108円
お水の募金 10円
缶ビール 239円
               合計 3,035円


kオジサンの中山道旅日記  その13
8月22日(水) 晴 JR上松駅からJR宮ノ越駅まで  へ

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