続きます。
あっ、そうそう、言い忘れていました。宗像三女神も瀬織津姫と関連があります。
言うまでもないですが、宗像三女神の市杵嶋姫は弁才天だとされてます。そして「弁才天=瀬織津姫」。当然そうなります。
更に私は、同じ宗像三女神である多紀理姫も多岐都姫も瀬織津姫だと思っています。だって多紀理姫も多岐津姫も「瀧」を意味する名前ですから。
現に日本の多くの瀧に多紀理姫・多岐都姫が祀られています。例えば私の故郷・福島県天栄村の明神瀧と言う二股の瀧がありますが、瀧に向かって左側の岩に田心姫(多紀理姫)が祀られてます。
これは何れ明神瀧に絞って記事を書く予定ですが、二股の瀧は瀬織津姫を祀っているケースが多いんです。
この明神瀧も表向きの書??には田心姫を祀ると書いてありますが、神社庁の出版物等の専門的な書や古文書には、瀬織津姫が祀られていると記載されています。つまり瀬織津姫と田心姫は同神と考えても不自然ではないです。
もっとも断言は出来ません。ホツマツタエでは瀬織津姫は男版天照大神の正室で、田心姫・多岐都姫は側室として描かれていますから。
もっともホツマツタエを持ち出してしまうと、何が何だかワケワカメになっちゃいますけど・・・・。
話を宗像三女神に戻します。
またまたですが、何故同神なのに三女神に分ける必要があるのか。もちろん、オリオン三ツ星に合わせて三女神に分けている可能性があると思います。
でもそれだけの理由なのかなぁー。真実は案外単純なものです。
これは私、もしかしたらと思っているのですが、「小林旭」の「昔の名前で出でています」じゃないですが、時代や場所によって「♪明神瀧にいるときゃ~ 田心姫と呼ばれたの~ ♫三居澤瀧では瀬織津姫と名乗ったのぉ~」って事もあるかも知れないですね(ある訳ないか)。まっ、分かりませんわね。
もうこれ以上は私の知識では住吉三神から膨らませることは出来ません。次は摂社・末社に稲荷神社と八坂神社が何故あるかです。
稲荷神社に付いては話がとんでもなく長くなりそうなので今回、詳細はスルーします。一言だけ言うならは「瀬織津姫=宇賀神」だと私は思っています。
問題はスサノオ命を祀る八坂神社です。これは困りましたね。
永井神社の主祭神が会津の鬼渡神社に多く祀られている「阿須波神・波比岐神」であるならば、ある程度説明は付きます。怨霊である「阿須波神・波比岐神」を乱暴者(神)のスサノオ命が抑え、暴走を防いでいると私は考えます。
「阿須波神・波比岐神」の源流は出雲の本来の神であり、朝鮮より襲来したスサノオ命に征服されたと私は考えていますので。
勿論、近隣にあった八坂神社を末社に加えた可能性もあります。でも、そうだとしたら八坂神社のスサノオ命が主祭神になってもおかしく無い。
でも永井神社の社には、祀り神の記述はなかったのです。末社の八坂神社にはちゃんとスサノオ命として祀っているのにです。
そして今回、神社庁が新たに出版した書で永井神社の主祭神が住吉三神である事を知った。住吉鬼渡明神と呼ばれていたそうですから、永井神社の主祭神は住吉三神で間違いない。
では住吉三神とスサノオ命の関連は何か・・・・・・・・。
続く。
あっ、そうそう、言い忘れていました。宗像三女神も瀬織津姫と関連があります。
言うまでもないですが、宗像三女神の市杵嶋姫は弁才天だとされてます。そして「弁才天=瀬織津姫」。当然そうなります。
更に私は、同じ宗像三女神である多紀理姫も多岐都姫も瀬織津姫だと思っています。だって多紀理姫も多岐津姫も「瀧」を意味する名前ですから。
現に日本の多くの瀧に多紀理姫・多岐都姫が祀られています。例えば私の故郷・福島県天栄村の明神瀧と言う二股の瀧がありますが、瀧に向かって左側の岩に田心姫(多紀理姫)が祀られてます。
これは何れ明神瀧に絞って記事を書く予定ですが、二股の瀧は瀬織津姫を祀っているケースが多いんです。
この明神瀧も表向きの書??には田心姫を祀ると書いてありますが、神社庁の出版物等の専門的な書や古文書には、瀬織津姫が祀られていると記載されています。つまり瀬織津姫と田心姫は同神と考えても不自然ではないです。
もっとも断言は出来ません。ホツマツタエでは瀬織津姫は男版天照大神の正室で、田心姫・多岐都姫は側室として描かれていますから。
もっともホツマツタエを持ち出してしまうと、何が何だかワケワカメになっちゃいますけど・・・・。
話を宗像三女神に戻します。
またまたですが、何故同神なのに三女神に分ける必要があるのか。もちろん、オリオン三ツ星に合わせて三女神に分けている可能性があると思います。
でもそれだけの理由なのかなぁー。真実は案外単純なものです。
これは私、もしかしたらと思っているのですが、「小林旭」の「昔の名前で出でています」じゃないですが、時代や場所によって「♪明神瀧にいるときゃ~ 田心姫と呼ばれたの~ ♫三居澤瀧では瀬織津姫と名乗ったのぉ~」って事もあるかも知れないですね(ある訳ないか)。まっ、分かりませんわね。
もうこれ以上は私の知識では住吉三神から膨らませることは出来ません。次は摂社・末社に稲荷神社と八坂神社が何故あるかです。
稲荷神社に付いては話がとんでもなく長くなりそうなので今回、詳細はスルーします。一言だけ言うならは「瀬織津姫=宇賀神」だと私は思っています。
問題はスサノオ命を祀る八坂神社です。これは困りましたね。
永井神社の主祭神が会津の鬼渡神社に多く祀られている「阿須波神・波比岐神」であるならば、ある程度説明は付きます。怨霊である「阿須波神・波比岐神」を乱暴者(神)のスサノオ命が抑え、暴走を防いでいると私は考えます。
「阿須波神・波比岐神」の源流は出雲の本来の神であり、朝鮮より襲来したスサノオ命に征服されたと私は考えていますので。
勿論、近隣にあった八坂神社を末社に加えた可能性もあります。でも、そうだとしたら八坂神社のスサノオ命が主祭神になってもおかしく無い。
でも永井神社の社には、祀り神の記述はなかったのです。末社の八坂神社にはちゃんとスサノオ命として祀っているのにです。
そして今回、神社庁が新たに出版した書で永井神社の主祭神が住吉三神である事を知った。住吉鬼渡明神と呼ばれていたそうですから、永井神社の主祭神は住吉三神で間違いない。
では住吉三神とスサノオ命の関連は何か・・・・・・・・。
続く。