またクルマをぶつけた。2日連続である。
もう、詳しくは言うまい。税理士も敵に回った。嫌いな妹も仙台に来た。禍を撒き散らす弟から電話があった。自分の認知症を認めようとしたない。それでまた私に禍を撒き散らした。出鱈目ばかり言いやがって。本当にお前は認知症だぞ。
タバコ吸っているから血管が収縮して脳に血が回らないのだ。近々母親同然になるぞ。
さて、物件の掃除に行ったら、隣のアパートに住む元ホームレス達が私の物件に枯葉等のゴミを投げていた。
仙台は人口増加を目的としてホームレスを受け入れている。彼らは大阪のホームレスだったが、ホームレスで儲けている悪質な仙台のNPO法人に縁も所縁も無い仙台に連れて来られたのだ。
仙台は大阪よりも生活保護が受けやすいらしい。立憲民主党の地盤だからな。そう言う事なら私も生活保護の生活をしてやろうか。
それにしても左足の膝が痛い。寝たきりに成らない体操で股関節を鍛える為に脚をグルんグルんと回していたら、膝を痛めてしまった。もう半年以上痛い。治らないのかも。
そう言えば亡くなった父も膝を痛めていた。二日に一度ヒアルロン注射していた。これは父の祟りなのかもな。アイッならやりかねない。
そういう事で膝の痛みに耐えて掃除をしていて、喉が渇いたので飲み物を買いに行ってクルマを走らせた。そしてまたバックでクルマをぶつけた。二日連続だ。
どうも父のクルマとは相性が悪すぎる。これも父の祟りか。もしかしたら私も認知症か。
否、私が運転が下手過ぎるのだ。そして注意力が散漫。その上、鬱病で精神状態がおかしいのだ。
この感覚で生きて行くのが辛い。多くの自殺者はこの感覚を味わっている筈だ。不運が不運を呼ぶ。生きるのが嫌になってくる。人と接するのが嫌になってくる。
それで死に逃げたのだろうな。
否、私は朝起きて抗鬱剤を飲んでいた。その副作用で意識が朦朧として事故を起こしたのかも知れん。昨日も抗鬱剤を飲んで事故を起こしたし。
私は本来、心配性である。心配性だから鬱病になったと言える。
しかし、薬で気を楽にさせている。「もうどうでもいいや」と言う気持ちになっている。だから事故を起こしたのかも知れん。困ったもんだ。
今しばらくはクルマに乗らない方が良いな。また事故を起こしたら死にたくなる。死が幸せに感じる。本当に今は危ない状態だ。
こう言う時は引き籠るのが一番だとは思うが、引き籠ると鬱が深まる。どうしたら良いのだろうな。
もう事故で死んでも良いから放浪の旅にでも出ようか。カブ110PROでも買って、日本一周の放浪の旅に。
っとは言ってもそれは出来ない。やらなければ成らないことが多過ぎる。正直、生きるのが面倒だ。それに自分の墓を造らなければならんし。
私は決めている。日本人の本当の墓を造る。お寺の墓は本来の仏教の墓ではない。死者から金をふんだくる商売としての墓だ。そんな墓に誰が入るもんか。
死んだら最高に幸せになってやる。本当の日本人の墓に入って。
ではでは。