亡くなった父の悪口を書くのはどうかと思いますが、私と父の決定的な違いの事件だったので、ここで書きたいと思います。
まぁー、刑事事件ではありますが本人は亡くなっていますし、時効でしょうからもう良いでしょう。
さて新聞販売店時代、私の家のテリトリーには二か所の交番がありました。その交番には無料で新聞を配っていました。
何で無料で配っていたのか。それは善良な市民を守る警察官のお役に立つ為、せめてものお礼・・・・・って言うのは大嘘です。
新聞配達しているとやんごとなき事で違反を犯す事が多々あるのです。それを見逃して欲しい。その新聞販売店の切なる願いから新聞を無料で配っていたのです。
私がまだ小学生の高学年の時、午前0時近くに二人の警察官が店にやってきました。私は寝ていましたが、父親が大声で怒鳴る声で飛び起き、店に出ました。
警察官が言うには近所の寿司屋の前で当て逃げ事件があった。お宅のクルマと同じ車種だった。確認させて欲しいと言うものだった。
当時の新聞は現地で印刷はされておらず、トラックにて東京から輸送されていました。その現場は契約しているガソリンスタンド。
新聞販売店は午前1時半に起床し、1ボックスのバンでガソリンスタンドまで取りに行ってたのです。30分近くかかります。
そしてトラックの到着を待って新聞の積み下ろしを手伝い、自分の新聞をバンに詰め込む。そして30分かけて店舗に戻る。午後3時から新聞にチラシ入れを開始します。
私は30分間チラシ入れを手伝い、午前3時半かに配達を開始。午前7時に配達終了となります。
そんな仕事をしているのです。真夜中の0時に警察官が遣ってきたら睡眠妨害です。その位の事分かれよと私だって思いましたよ。
両親は寝ていた筈。そんな夜中に車で出かけない。何かの間違いだ。
当時、FRの日産オースター1600に乗っていたのですが、警察官は「クルマを見せて欲しい」と。
父は大発狂して「こっちは朝早くから仕事をしているんだ。こんな時間に尋ねてきたら仕事が出来ないだろぉー」と大絶叫していました。私も全くだと思いました。
二人の警察官はオースターの周りを確認。
オースターは不着届にも使っていたので、バンパーは傷が目立っていました。それでぶつけた場所は認定できず、帰って行きました。
その直後の父ですが、私も驚くほど震えだしました。死ぬんじゃないかと思うくらい。怒りに震えて本当に発狂するのではないかと思うくらいの震えです。癲癇を起こしている感じです。
母に聞いたら父は寿司屋で飲んでクルマで帰って来たそうです。
そうです。父は飲酒運転で他のクルマに当て逃げして家に戻って来たのです。
ナンバーは確認できたのかどうかは分かりませんが、車種は見られていた。近くにオースターに乗っているのは私の父。それで警察官が来たのでしょう。
多分ですが、二人の警察官は私の父が飲酒運電での当て逃げをしたのは確信していたと思います。
でも、新聞販売業をしていて飲酒運転での当て逃げ事件を起こしたら、当然、運転免許は失効です。商売は廃業しなければならないかも知れない。大変な事になるのです。
父もバイクで配達している。私も自転車で配達している。ギリギリで配達しているのです。
それを警察官も知っていた。それで見逃してくれたと私は考えております。
父は震えていた。警察に捕まる恐怖で怯えて震えていた。どんだけ小心者なのか。
それ以上に仕事を考えたら飲酒運転は絶対駄目だろ。しかも当て逃げするなんて。
それを発狂して警察官に八つ当たりして逃げ延びた。本当に器が小さいし、狡いし、汚い。私は軽蔑しましたね。
その後、私、集金中にバイクで歩道を走り警察に捕まりました。
その話を父にしたら「何で誤魔化さないんだ。俺は飲酒運転で当て逃げしても誤魔化して助かったんだぞ。そんなだからお前は駄目なんだ」と私に言い放ちました。
どうですか。こんな男が父親ならどう思いますか。
私の心の目盛りは父に狂わされました。何も判断できなくなりました。決断できなくなりました。父親の悪影響を受けて。
こんな親を持つと鬱になるのも分かるでしょ。
本当に私はついていなかった。こんな父親の子として生まれて。辛い人生だった。
未だに当時の大発狂している父の姿が思い出されます。その度に鬱が深まります。本当に嫌な想い出です。トラウマになるくらい。
もう父の事は忘れたいです。いい加減。亡くなった訳だし。
ではでは。