ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「アラスカ戦線」 ハンス・オットー・マイスナー

2008-02-18 12:25:08 | 
今年の冬は、雪の当たり年らしい。

温暖化といいつつ、例年になく降雪が多く、雪に弱い東京では毎回事故が頻発する。溶ければ道はグシャグシャだし、凍結すれば転倒しやすく歩きづらい。

ただ、雪が降る光景は嫌いではない。とりわけ深夜、深々と降る雪が作り出す幻想的な光景には、思わず心奪われる。月明かりに照らされた景色には、寒さを忘れさすほどの美しさが潜んでいる。

あれは十代半ば、日光は戦場ヶ原近くのキャンプ場で一夜を過ごした時のことだ。氷点下の夜を野外で過ごすのは辛い。いくら防寒具に身を包んでも、地面の冷たさが体温を奪っていくのが分る。寝袋の下に引く銀マットとナイロン地のテントでは、到底寒気を防げない。

それでも昼間の疲れから睡魔に襲われる。ふと尿意を覚えて、深夜に目を醒ます。なるべく音を立てずに寝袋から抜け出して、テントの外へ出る。既に雪は小降りになり、雲の切れ間から覗く満月の輝きに目を奪われる。しばし陶然となるほどの美しい光景。気温は氷点下をはるかに割り込んでいるはずだが、その寒さを忘れさすほど、月下の雪景色は私の意識を陶酔させる。

尿意に促されて、便所へ急ぐ。すぐに小用を済ませ、再びテントに戻ろうとした時だ。ふと、気配を感じた。振り返っても、暗い森があるばかり。風の音さえしないのに、誰かの呼び声が微かに聞こえた気がした。

不思議と恐いとは感じなかった。ただ、心が小さくざわめいた。月の輝きが雪面に照り返し、かすかな粉雪が蒼い夜空に舞うのが見えるばかりで、妖しいものはなにもない。それなのに、どこかで人のざわめきが聞き取れる。広いキャンプ場には、私たちのテントが一張りあるばかり。管理人小屋は無人のはず。

ここは戦場ヶ原が近い。古の戦場であり、美しい雪の夜景が私を惑わせたのだろう。そう納得して十字をきってテントに戻らんとす。いや、思い返して、念のため仏教式に拝んで一礼。こんなもんでいいんじゃない?と寝袋にもぐりこむ。寝つきの良さなら、いささか自信あり。すぐに睡魔に身を委ねる。

「起床!」の掛け声とともに、寝袋から飛び出す。まだ4時だが、外は雪明りで明るい。下級生が朝食の準備に勤しむなか、リーダーがトイレから戻ってきて、私に話しかける。

「おまえ、よくあの吹雪のなか、深夜にトイレに行く気になったな」え?と私。「いや、雪はほとんど止んでいたぞ」と答えると、彼は笑いながら「いや、お前が深夜、起きて外に出る時、吹き込んだ雪で俺、目が覚めたからな」と言う。そして「しかも、強風が吹くなか30分以上も戻ってこないから心配して、外覗いたら吹雪のなかで、突っ立っているんだから驚いたよ」と言う。

狐に包まれた気分とはこのことだ。小雪舞う美しい夜景は覚えていたが、あの寒気のなか30分も外に居た覚えはない。その話は朝食に中断され、私は居心地の悪い気分のまま食事を始めた。

朝食後はテントの撤収と、今日中の下山を目指しての厳しい行動があったため、私の疑念はそのままになってしまった。もちろん、リーダーが寝ぼけた可能性もあるし、私が寝ぼけた可能性もある。

でも、あの美しい雪景色は、今も私の脳裏に刻まれている。30分以上だとは思わないが、それでも陶酔したのは確かだ。夜の雪山は美しくも妖しい。

表題の作品は、第二次大戦中にアラスカに極秘任務を携えて侵入した旧・日本軍兵十数人と、アメリカ軍精鋭部隊との戦いを描いた冒険ものです。作者はドイツ人であることがミソ。極寒のアラスカの山野にて、互いに譲らぬ激しい闘志のぶつかり合いが印象的でした。

兵どもの夢の跡には、今も美しいアラスカの雪原が横たわっているのでしょうね。吹雪舞う雪原のなかで、何時間もライフルを構えて対峙する男たちの脳裏にはなにがよぎったのでしょう。この本を読むと、今も幻想的な美しさを持つ、夜の雪原を思い出さずにはいられません。
コメント (6)
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