酒を飲んで、酔いに身を任せるのは好きではない。
私が幼少時を過ごした町は、新興住宅地でありまだまだ林や畑が残っていた。近所の林のひとつに、子供たちから「首吊り森」と呼ばれる場所があった。
林の奥まったところに生えている楢の木があり、高さ5メートルぐらいの枝に紐がぶら下がっているところから付いた呼び名だと思う。
子供たちは、ここで誰かが首を吊ったんだぜと、声を潜めて囁きあったものだ。でも、実際にここで首吊り事件があったわけではないと、今だから分る。もしあったら、あんな紐が残っているわけがないからだ。
ただ、別の理由でこの林は不気味な場所でもあった。この林は他と比べても、薄暗いのが特徴だった。背の高い木が多く、頭上を葉っぱでふさがれており、昼間でも下まで日差しが届かないためだった。
その上、周りの道路の周辺だけ背の高い草が生茂っていたため、草を分けて立ち入ると別世界に迷い込んだような印象があった。人目が届かぬ場所でもあり親たちに隠れて、内緒の遊びをするのに絶好な場所であったのは確かだ。
内緒の遊びといっても、たいがいがマッチを燃やすだけの火遊びとか、禁じられていた学校帰りの買い食い程度であった。しかし、もう一つ、大事なことをする場所でもあった。それが喧嘩。
理由は覚えていないが、日頃仲のいい遊び友達であっても、やる時はやる。それが子供同士の喧嘩だった。この首吊り森は、大人の目の届きにくい場所なので、喧嘩をやるには絶好の場所であった。
今だから分るが、子供同士の喧嘩は子供の聖域であり、断じて大人の介入を許していいものではなかった。私は大人しい子供であったと思うが、いささか沸点が低く、つまらぬことでいきり立て喧嘩を始めることがあった。
あの時も、近所の幼馴染みであるジュンちゃんとつまらぬ理由で喧嘩をはじめた。ジュンちゃんは私より一回り大きく、普通にやったら勝てる相手ではなかった。
だが、あの首吊り森の暗い雰囲気が私をおかしくさせた。あの時、私は怒ってぶつかり、殴り合い、取っ組み合いながらも、自分の異様な精神状態に戸惑っていた。なぜにこれほど怒り狂うのか、自分でも分らなかった。
気がついた時には、私はジュンちゃんの背後にまわって彼の首を絞めていた。まわりの遊び仲間があわてて私を引き離そうともがいていた。それが分っていながら、私は首を絞める手を緩めることが出来ずにいた。
耳をひっぱられて、顔が上をむかされた時だ。私の目に、頭上の木々の葉っぱのカーテンの隙間を抜けて、太陽の日差しが差し込んできた。その瞬間、私の狂気は身体から抜け落ちた。
首を絞める手をほどき、呆然と立ち竦むと、寝転んだまま激しく苦しそうに呼吸を繰り返すジュンちゃんの姿が目に入った。後悔が全身を突き抜けた。もし・・・を思うと恐ろしさに身がすくんだ。
ジュンちゃんとはすぐに仲直りしたが、その後二人は無意識に首吊り森に入ることは避けるようになっていた。私は私で、自分の狂気が理解できず、自分を狂気に追いやるかもしれない喧嘩を厭うようになっていた。
首吊り森の暗く陰鬱な雰囲気が、私をおかしくさせたのだろうか。以来、私は自分が自分でなくなることを異様に怖れるようになった。
そのせいで、酒を飲んでも酩酊することは好きではない。無理やり酒を飲まされた大学時代を別にすれば、酒の席での失態が少ないのはそのせいだ。
だから如何にストレスがたまろうと、我を忘れるほど酒を飲むことはない。酒はあくまで食事と会話を楽しくするためにあると割り切っている。
ただ、それでもだ。たまに駅のホームなどで幸せそうに酩酊している酔漢を見かけると、ちょっぴり羨ましかったりする。あそこまで自分を解放できれば、あれはあれで幸せなのだろうとも思うのだ。
そんな時こそ自分の冷静さや、醒めた生き方が疎ましく思える。まぁ、隣の芝は綺麗に見えるだけなのだろうとも思っていますがね。
私が幼少時を過ごした町は、新興住宅地でありまだまだ林や畑が残っていた。近所の林のひとつに、子供たちから「首吊り森」と呼ばれる場所があった。
林の奥まったところに生えている楢の木があり、高さ5メートルぐらいの枝に紐がぶら下がっているところから付いた呼び名だと思う。
子供たちは、ここで誰かが首を吊ったんだぜと、声を潜めて囁きあったものだ。でも、実際にここで首吊り事件があったわけではないと、今だから分る。もしあったら、あんな紐が残っているわけがないからだ。
ただ、別の理由でこの林は不気味な場所でもあった。この林は他と比べても、薄暗いのが特徴だった。背の高い木が多く、頭上を葉っぱでふさがれており、昼間でも下まで日差しが届かないためだった。
その上、周りの道路の周辺だけ背の高い草が生茂っていたため、草を分けて立ち入ると別世界に迷い込んだような印象があった。人目が届かぬ場所でもあり親たちに隠れて、内緒の遊びをするのに絶好な場所であったのは確かだ。
内緒の遊びといっても、たいがいがマッチを燃やすだけの火遊びとか、禁じられていた学校帰りの買い食い程度であった。しかし、もう一つ、大事なことをする場所でもあった。それが喧嘩。
理由は覚えていないが、日頃仲のいい遊び友達であっても、やる時はやる。それが子供同士の喧嘩だった。この首吊り森は、大人の目の届きにくい場所なので、喧嘩をやるには絶好の場所であった。
今だから分るが、子供同士の喧嘩は子供の聖域であり、断じて大人の介入を許していいものではなかった。私は大人しい子供であったと思うが、いささか沸点が低く、つまらぬことでいきり立て喧嘩を始めることがあった。
あの時も、近所の幼馴染みであるジュンちゃんとつまらぬ理由で喧嘩をはじめた。ジュンちゃんは私より一回り大きく、普通にやったら勝てる相手ではなかった。
だが、あの首吊り森の暗い雰囲気が私をおかしくさせた。あの時、私は怒ってぶつかり、殴り合い、取っ組み合いながらも、自分の異様な精神状態に戸惑っていた。なぜにこれほど怒り狂うのか、自分でも分らなかった。
気がついた時には、私はジュンちゃんの背後にまわって彼の首を絞めていた。まわりの遊び仲間があわてて私を引き離そうともがいていた。それが分っていながら、私は首を絞める手を緩めることが出来ずにいた。
耳をひっぱられて、顔が上をむかされた時だ。私の目に、頭上の木々の葉っぱのカーテンの隙間を抜けて、太陽の日差しが差し込んできた。その瞬間、私の狂気は身体から抜け落ちた。
首を絞める手をほどき、呆然と立ち竦むと、寝転んだまま激しく苦しそうに呼吸を繰り返すジュンちゃんの姿が目に入った。後悔が全身を突き抜けた。もし・・・を思うと恐ろしさに身がすくんだ。
ジュンちゃんとはすぐに仲直りしたが、その後二人は無意識に首吊り森に入ることは避けるようになっていた。私は私で、自分の狂気が理解できず、自分を狂気に追いやるかもしれない喧嘩を厭うようになっていた。
首吊り森の暗く陰鬱な雰囲気が、私をおかしくさせたのだろうか。以来、私は自分が自分でなくなることを異様に怖れるようになった。
そのせいで、酒を飲んでも酩酊することは好きではない。無理やり酒を飲まされた大学時代を別にすれば、酒の席での失態が少ないのはそのせいだ。
だから如何にストレスがたまろうと、我を忘れるほど酒を飲むことはない。酒はあくまで食事と会話を楽しくするためにあると割り切っている。
ただ、それでもだ。たまに駅のホームなどで幸せそうに酩酊している酔漢を見かけると、ちょっぴり羨ましかったりする。あそこまで自分を解放できれば、あれはあれで幸せなのだろうとも思うのだ。
そんな時こそ自分の冷静さや、醒めた生き方が疎ましく思える。まぁ、隣の芝は綺麗に見えるだけなのだろうとも思っていますがね。