私の知る範囲においても、優秀な人には書類仕事を苦手とする人が多い。
優秀さの定義にもよるが、営業とか職人とか現場の仕事に携わる人たちは、総じて事務仕事を苦手とするようだ。もちろん、両方ともに優秀な人もいるにはいるが少数派だと思う。
かくいう私自身はといえば、どちらかと云えば事務仕事は好きではない。むしろ現場を飛び回りたいタイプだ。もちろん、机に向かって仕事をしている時間は、それ相応に長い。
だが、元々じっとしているのが嫌いな性分なので、頻繁に動き回る。間違っても内勤だけの仕事はしたくないとも思っている。
税理士業界はもちろん、全般的に会計とか経理の仕事は事務系であり、当然に書類仕事が中心だ。そのせいか、必然的に内勤を好むタイプが集まりやすい。もっといえば、外回りが苦手なタイプだ。
仕事は書類の作成、整理が中心なので、書類仕事が出来なければ話にならない。結果的に事務仕事が得意な人が集まりやすい業界でもある。
ところが、仕事をもってくるには、どうしたって顧客の元へ行かねばならない。伝票の郵送やFAX、あるいはEmailなどを使うケースもあるが、基本は顧客に会って、話を聞いて、それから資料を持ち帰る。
この基本なくして、仕事は無い。ところが、ここが分らない人が少なくない。昨今、長く続く不況のせいか、資格をとってこの業界で働こうと意気込む人は少なくない。
何人かに会ってみたことがあるが、皆さんよく勉強をしてきた努力家ばかり。ところが、対人コミュニケーションの技術が稚拙な人を、しばしば見かける。
真面目だし、頭はいいし、やる気もある。しかし、顧客の気持ちを受け止めたり、情報を引き出すことが苦手と思えるケースを散見している。
若いから仕方ないと、こちらで資料を揃え、顧客の意向を伝え、そのうえで書類を作成させると見事な仕事をやってくれる。たしかに良く出来た書類だと思う。
本人も自覚しているようだ。そのせいで、自分は仕事が出来ると思い込み、安易に独立する人もいる。そのやる気は買うぞ。
しかし、しばらくして会うと浮かない顔をしている。どうやら顧客の獲得に苦労しているようだ。そりゃ、そうだろうと思う。
所詮、所長や上司、先輩たちが顧客から引き出してきた情報を、上手にまとめていただけ。肝心の基本の部分が未熟なのだ。要するに、顧客に会計税務の知識を伝えることは出来ても、顧客から情報を引き出す能力に欠けている。
だから、顧客を満足させることが出来ない。勉強が良く出来て、事務仕事が得意なタイプに、しばしば見られるパターンだ。自分が言いたいことを話すことは出来ても、顧客が言いたいことを引き出すのが下手なのだ。
他人事ではない。私はお喋りではあるが、この顧客の本音を引き出す難しさは、若い頃から散々苦労してきた。今でも決して上手いとは言いかねる。ただ、外回りが好きで、顧客の元を頻繁に訪れて、何気ない世間話を積み重ねて、それなりの信用を得たからこそ、顧客の本音を引き出せる。
亡くなられた佐藤所長はそんな私を、下手なりに見込みはあると思ったのだろう。だからこそ、事務所の後継を任せてくれたわけだが、やはり下手なりに苦労しているのが実情だ。
外回りに奔走して仕事をとってきても、事務仕事が遅れ勝ちとなり、今回の確定申告はもの凄く苦労した。怪我の功名ではないが、東日本大震災で申告期限の延長申請がなかったら、連日徹夜を強いられたと思われる。
そんな私以上に、デスクワークが苦手なのが表題の主人公、フロスト警部だ。今日も今日とて、机の上は未処理の書類が山をなす。部下には蔑まれ、上司には煙たがれる。
そんな迫害をものともせずに、現場を駆け回り、徹夜も辞さず、嘘も方便でシモネタ冗句を撒き散らして犯罪捜査に邁進する。
だが、引くときは引く。下品で無神経なフロストが日頃見せない繊細で傷つきやすい心情を示した時、事件は解決へと雪崩打つ。
品行方正な名探偵なら3冊分はある事件を詰め込んだこの本は、ミステリー好きを虜にする魅力がありますぜ。もし未読ならば、是非ともお試しあれ。