弾くといっても、猫が楽器を弾く訳ではない。この作品では、猫を楽器として弾くを意味する。察しの良い方はすぐに気づくと思うが、ファンタジー小説だ。ホラーではないので、ご安心を。
作者は伝奇小説の大家でもある夢枕獏だ。まだ彼が新人作家の頃に書いた数少ないファンタジー小説である。私が夢枕氏の小説を読んだのは、朝日ソノラマ文庫で刊行されていた「キマイラ・孔」シリーズからだが、もしかしたら表題の作品を先に読んでいたかもしれない。
というのは、私は当初、夢枕獏をファンタジー小説の書き手だと思い込んでいたからだ。実際、1980年前後の頃から、集英社のコバルト文庫や宇宙塵といった雑誌に掲載されたものは、ほとんどがファンタジー系のものであったからだ。
ところが、80年代後半から突如としてヴァイオレンス伝奇小説を書き出して、それがヒットした。それはそれで面白かったが、少し残念にも思っていた。
元々はSF好きの私だが、元をたどれば世界民話集に夢中になっていただけに、ファンタジーものに対する関心は強い。ところが、当時の日本には大人の鑑賞に堪えうるファンタジー小説の書き手は、ほとんど居なかった。
それだけに、ファンタジー色濃厚な短編を幾つも発表していた夢枕獏には、おおいに期待を寄せていたのだ。しかし、夢枕氏の作品が売れたのは、サイコダイヴァーものや、闇狩師シリーズといた伝奇ものであった。
おかげで、以降ファンタジーものを書くことがほとんど無くなってしまった。実に残念でならない。子供をお持ちの方ならご存知のように、日本は童話のようなファンタジー小説の宝庫だ。
子供向けの作品ならば、良作が数多ある。しかし、大人向けのファンタジー小説となると、いささか寂しい。ライトノベルの分野ならば、無いわけではないが、これは十代の若者を対象としていて、成人が読むには、ちょっと気恥ずかしいものがある。
大人の鑑賞に堪え得る良質なファンタジー小説は、まだまだ多くは無い。宮部みゆきあたりは悪くないと思いますが、夢枕獏にも復帰してもらいたいものです。