ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

金色ビキニ

2011-09-02 12:07:00 | 日記

過去を悔やむのは好きではない。

反省するのならまだしも、悔やんだところで益するところはない。むしろ、自分の未熟さや、至らなさばかりが脳裏を駆け巡り、嫌気がさすばかりだ。

あの年の夏は、大学最後の夏休みであり、既に内定をとっていた私には、やりたいことがありすぎて、なにをしたらいいのか迷う始末であった。

なかでも重視したのが、フリークライミングであった。社会人になれば長期の休みが取れないことぐらいは分っていた。だから、今までのような2週間近くを縦走登山で過ごすことは出来ない。

私は短期間で山を楽しめるはずのフリークライミングを覚えることに傾唐オていた。ただ、これは一人では出来ない。ザイルを確保してくれるパートナーが必要不可欠だ。

ところが相方のKは、未だ就職活動中。けっこう思いつめているようなので、気軽に声をかけられない。仕方なく、一人で出来るボルダリングを川原でやっていた。

でも、たまには気分転換をしたい。そんな時は伊豆の海岸沿いの岩壁でボルダリングをして過ごした。朝から岩壁にしがみ付き、上ったり、横移動をしたり、こけたりと一人奮闘していた。

少し飽きたので、海で泳ぐことにした。もちろん水着はもってきている。砂場ではなく、岩場なので、少し波が荒いが、U字にへこんだ湾のなかを潜って、海中生物を観察していた時だ。

いきなり目の前にビキニの水着が光って見えた。ビックリして水面に飛び出すと、一人の女性が佇んでいた。おずおずと「なにか魚でも見えるのですか?」と落ち着いた声で訊ねられた。

まだ驚きから覚めていなかった私は、水着が魚に見えてビックリだよとヘンな返事をしたことは、今でもはっきりと覚えている。

光って見えたのは、ビキニが黄金色であったからだが、Hな雑誌でも滅多にみない派手な水着であった。実物でそんなセクシーな水着を間近に見たのは初めてだったので、私は大いに動揺していたらしい。

もっとも、その派手なビキニを身にまとった女性は、どちらかといえば地味な風情の落ち着いた人だった。話してみると、横浜のOLだそうで、近くの海水浴場に飽きたので、こちらの岩場にきたそうだ。

なにもないように見えた岩場の海で、私が潜っているので、なにかあるのかと思って、近づいてきたらしい。私が見つけた小さな珊瑚や、小魚が泳ぐよどみを案内してあげることにした。

気がつくと夕立が降ってきた。私は彼女の手をひいて、近くの林のなかに無断で設営したテントに避難した。薄い布地を叩く雨音を聴きながら、夕刻まで時を過ごした。クライミングのせいで生傷だらけの私の肌を、彼女がものめずらしそうになぞるのが、妙にくすぐったくて忘れ難い。

会社仲間とホテルに泊まっているというので、明日会う約束をして別れた。彼女の香水の匂いが残るテントのなかで、心地よい疲労と、これからのことを思っての期待に胸がはずむ夜であった。

約束は午後からであったが、ウキウキしていた私はクライミングに気が乗らず、結局昼前に彼女の泊まっているホテルまで来てしまった。

ホテルの前のビーチを観て廻ったが、彼女の姿はなかった。そこでホテルのプールを覗いてみると、そこに彼女はいた。昨日とは違いシックな白いワンピース姿でプール脇のビーチパラソルの下で休む姿に胸がときめいた。

だが、そのときめきは彼女の腰にまわされた太い腕に気づいた途端に霧散した。彼女の傍らには、がっちりした体格の中年男性が寝そべっており、顔を近づけて談笑する二人の姿は恋人同士そのものであった。

夏の陽射しは肌を焦がすほどであったが、私の気持ちは一気に冷え込んだ。失望と嫉妬と羨望とが入り混じり、叫びたくなるような苛立ちに混乱した。

彼女に気づかれる前にその場を立ち去り、テントを片付け、急用が出来たので・・・とのメモだけを残して消えることにした。連絡先を書かなかったのは、やはり失望と嫉妬に身を焦がしていたからだ。

こんな時は、じっと身体を横たえ、動きたくなるまで寝てしまう。寝るのに飽きたら、何も考えられなくなるほど体を動かす。走って、走って、全て忘れてしまうまで走る。

疲れて、疲れきって、眠ってしまう。空腹で目が覚めて、食事を腹いっぱいに詰め込んだら、元の自分に戻れる。私は間抜けで幸せな若者であった。

ただ、今にして思えば、私は短気に過ぎた。いいじゃないか、騙されたって。騙されたふりをしているのも男の器量じゃないか。何を一人で舞い上がり、一人で空騒ぎを演じていたのか。

夏の海辺で、派手な水着を見かけると、時たまあの金色ビキニを思い出す。もっと彼女のこと、知りたかった。もっと話しておきたかった。

一人で勝手に解釈し、妄想につかれ、約束を違えた己の未熟さを思い出さずにいられない。

過去を悔やむのは好きではないが、忘れ去るには痛すぎる。

コメント (1)
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