ヌマンタの書斎

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ぼくのマンガ人生 手塚治虫

2011-09-29 14:18:00 | 

私は未来に夢をみない若者であった。

高校を卒業する前、「未来の自分」といったタイトルでの作文を出すようにとの宿題が出された。担任の先生に出した作文には、既成の価値観が崩壊した未来、学校で教わった知識なんか役に立たない未来で生きる自分を書いておいた。

元々、相性の悪かった担任の先生ではあったが、私のこの作文にはほとほと呆れたらしく、何も言わずに壁をみるような目つきで返してくれた。

もはや理解の外にあるのだろうことは、容易に察しがついた。だが、私は先生をバカにするために書いたのではない。未来に対する虚無感は、当時の若者に共通するものであったと思う。

50年代から70年代にかけて、日本の若者たちを襲った反戦平和思想という熱気が吹き荒れた。それは反米デモや、学生運動といった形で花開いた。

ちなみに私の高校は、制服はなく、私服での登校が許されていたが、これもあの時代の若者たちの学生運動の成果である。だが、私たちの世代で、学生運動に身を投じた奴はほとんどいなかった。

60年の安保闘争も挫折し、70年の安保闘争は尻つぼみ。学生運動は内輪もめを繰り返し、その焦燥感から日本連合赤軍が浅間山荘事件を引き起こした。

山荘が警察や機動隊に包囲され、巨大な重機の鉄球が山荘を砕く場面がTVで放送されたのを覚えている人も少なくないと思う。

浅間山荘は砕かれ、連合赤軍は北朝鮮に亡命し、残された学生運動家たちは内ゲバと称された内部抗争にのみ暗い情熱を燃やした。

当時、私が住んでいた世田谷の三軒茶屋という街には、ボロいアパートが沢山あり、そこには学生運動家たちが住み着いていた。教会で知り合ったこの若者たちから、耳にタコが出来るほどに、市民が主役の平和な社会の夢を聞かされた。

もし、私が10年早く生まれていたら、その夢に私も引き摺られたと思う。だが、大人への階段に足をかけた私が見たのは、夢が幻と崩れ去って何も残らなかった虚しさに立ち尽くす若者たちの姿であった。

「ボクって何だったんだ?」

そう考え込むお兄さんたちを見る私の視線は、醒めたものにならざる得なかった。必然、私は未来に夢をみることをしなくなった。青春の情熱は、趣味(登山)にだけ注ぎ込み、後はプライベートでの友人たちとの時間に慰めを見出した。

別に開き直るつもりもないし、過去を美化する気もないが、このような醒めた若者を産みだしたのは、戦後の平和絶対主義の民主教育に他ならない。

戦後教育は、子供たちに夢を与えなかった。現実は悲惨で、過酷で、残虐さが満ち溢れている。だからこそ、子供たちにその現実に対抗するための土台としての夢が必要だ。

だが、教科書は無味乾燥した事実の列挙だけを教え、教師は出来もしない平和の夢ばかり語った。人間と言う生物が残虐さと深き愛情を同居させる矛盾を有する現実から逃げた。

家族を愛し、友を敬愛し、郷里を大事にすることが、時として敵を憎み、文化を破壊し、戦争を引き起こす現実を教えようとしなかった。

病魔が家族を奪い、飢饉が友を傷つけ、天災が故郷を破壊してきたからこそ、人は医学を学び、食糧生産の技術を高め、道路港湾などの社会資本を充実させてきた。

悲惨な現実こそが、明るい未来への希望の土壌である。その現実から目を背け、戦争や争いのないという実現不可能な未来を語った。現実の土壌に根付かない夢は、決して花開くことなく、その夢を追った若者は現実に目覚めた途端、むなしさに崩れ去る。

学校も、教科書も、教師も、未来に役立つ必要な夢を与えてはくれなかった。与えたのは現実に花開くことのない、空理空論だけであった。若者が未来に夢をみなくなって当然である。

だが、そんな私でも漫画家の手塚治虫の描いた漫画は、醒めた私にさえ夢を夢見る幸せを思い出させてくれる。

当然である。手塚治虫は子供たちに生きる喜びを与えるためにマンガを描き続けた。当然にそのマンガは現実に根ざしている。だからこそ手塚のマンガには、意外なほど残酷な場面が多い。

爆弾で燃えつくされた遺体や、天災で放置された遺体を隠さずに描く。絶望的な現実を見せつけはするが、それでも絶対に未来への希望を忘れない。生きる喜び、生き延びた安堵、生きてこそ得られるものがあると描いてみせる。

正直言えば、手塚のマンガには売れなかった、つまり人気が出なかったものも多い。だが、若い作家の才能に嫉妬し、事業に失敗して困窮して知った孤独にも負けず、次々とマンガを描き続けた。

描き続けたからこそ、栄光と名声が残された。生きることの喜びを生涯の哲学とした漫画家だからこそ、不遇であっても描き続けた。

そんな手塚の生き様を知る一端になるのが、表題の作品です。ちなみに岩波新書。大嫌いな岩波書店ですが、これは買いました。それだけの価値はあると思います。

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