ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

誕生日

2011-11-04 12:26:00 | 日記
自分が何歳なのか、完全に忘れていた。

いや、冗談抜きで、本気で忘れていた。某掲示板で、同い年の知人の立てたスレッドで、彼がもう50だなんて嘆く書き込みを読んで勘違いしていた。

最初っから読めば、それが冗句というか軽口の類だと分ったはずなのだが、途中から流し読みした私は、ついに先月で50になったのかと思い込んでいた。

すぐに知人から、指摘されてようやく気がついた次第。

ボケたのかと言われても仕方ないが、実のところ自分の年齢なんて覚えていても役に立たないと思っているので、本気で忘れていた。

私は物覚えは良いほうだが、必要ない知識だと認識すると、あっさりと忘れる。実際問題、自分の年齢を覚えていて、何の役にたつのか?

ヘンに思われる方も多いであろうことは分る。自分の年齢ぐらい、誰でも分るだろと指摘されれば、まあ、そうなんだろうとも思う。でも、覚えていなくても、別に差し支えないぞ。

私がこんなひねた考えを持つように至ったのは、やはり二十代の頃の療養生活が大きく影響している。難病により多くの筋肉を失い、体力が激減してしまった。

本来なら二十代半ばは、体力の最盛期である。しかし、老人並みの体力となった私にとって、年齢相応の体力はもはや意味を持たない言葉に過ぎなかった。

激しい運動を禁じられていたため、体力回復も思うに任せず、散歩や軽い筋トレでお茶を濁すのが精一杯。さらに私を困惑させたのが、内臓の疲弊だ。副作用の極めて強い薬を長期間にわたり服用したため、主要な臓器の数値が異常を示すようになっていた。

それは予め予想されたことであり、主治医から説明は受けてあった。だが、その衰えを知識で知るのと、実体験で分らされるのは、やはりまるど違う。

現在、一日21錠の薬を服用しているが、元々の難病治療のための薬はまったくない。すべて、その薬の副作用を緩和させるための薬なのだ。

おおざっぱに見積もって、年齢相応の健康状態を100とすれば、せいぜい70から75程度には回復している。もっとも内蔵によっては、8割以上の回復が確認できるものもある。ただ、これ以上の回復は難しいらしい。

ただ、年齢とともに健常者でも体力は落ちるし、いろいろと健康にも衰えが出てくるので、私の数値と健常者平均値が近づいてきているのも事実。これは嬉しいような、寂しいような複雑な気分。

そんなわけで、私の場合は年齢が、体力と健康状態を適切に示さない。だから、いつのまにやら自分の年齢を気にすることをしなくなってしまった。役に立たない情報なら、わざわざ覚える必要もないと思うのだ。

しかし、まァ来年は50だよ。半世紀も生きてきたんだねぇ。そろそろ自分の人生の終点を見据えて、生きていく必要があるかもしれません。

なるべく楽しく生きていたいので、前向きに考えてみますかね。どちらかと云えば、悲観的な予測の方が簡単ですが、それじゃ面白くない。きっと、年齢を重ねたが故の楽しみもあるはずですから。

私の場合は、間違いなく読書がそれ。若い頃は読んでも気がつかなかったこと、思い至らなかったこと数多在ることが、40過ぎて再読してみて、よく分りました。

このブログも何時の間にやら800冊を超える本、漫画本を紹介してきましたが、目標1000冊の数字にこだわらず、これからも少しずつ、いろんな本を紹介していきたいと思います。
コメント (4)
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