お尻でボカン!
それがヒップアタックだ。子供の頃から沢山のプロレス技を練習したが、このヒップアタックだけは練習する気になれなかった。
プロレスの試合だと、相手をロープに振って、跳ね返ってきたところで後ろ向きにジャンプして、お尻でボカン、である。
お尻の肉は分厚いので、ぶつけても痛くはないし、ボカンとぶつけられた方だって、たいして痛くはないと思う。だけど、やられたくはない。なにせ、顔面に相手のお尻がぶつかってくるのである。
正直、むかつくと思う。
このヒップアタックを得意技としていたのが、全日本プロレスから新日本プロレスへ移籍した越中詩郎だ。当時、新日本プロレスでは、リアルな試合を掲げて独立したものの、採算合わず古巣の新日本プロレスに戻ってきた旧UWF勢と、新日本の若手たちが一大抗争を繰り広げていた。
移籍して日の浅い越中は、この時に新日若手軍団の切り込み隊長として大きく名を上げた。蹴り技を得意とするUWFの高田や山崎らに、もっと蹴ってみろと分厚い胸板を指して挑発する越中。
その挑発にのって蹴りを連発する高田や山崎の場面は、観客が沸く名シーンであった。蹴られて、真っ赤に肌がそまった越中の胸をみると、あらためて強靭なプロレスラーの身体に憧れを抱いたものだ。
蹴りを何発も喰らってふらふらの越中だが、それでも「もっと、来い!」と高田たちを挑発するさまに、戦う男の心意気を感じたのは、観客だけではなかったと思う。
ただ、そこはかとなく疑問は残る。かつて新日本プロレスを離脱したUWFの選手たちが目指したのは、いかさまでないリアルなファイトであったはず。
だからこそ、ロープに振ったり、場外乱闘に持ち込むような伝統的なプロレスを拒否していたはずだ。新日本に戻った時は、そのスタイルを固持していた。
しかし、越中のあからさまな挑発は、高田たちを従来のプロレスに引き戻させてしまった。越中が「お前等の蹴りなんて、効かないぜ」と挑発する。「なんだと、このヤロー」とばかりに越中の分厚い胸板を蹴り続ける高田や山崎には、いつしか従来のプロレスに対する敬意が芽吹いたように思えた。
本気で相手を唐キならば、わざわざ胸板なんて蹴らない。側頭部やみぞうち、わき腹を蹴るほうが効果的だ。それなのに、わざわざ胸板を蹴っている時点で、それはもうUWFの目指したリアルなファイトではなかった。
しかし、鍛え上げた肉体を誇示して挑発する越中に対し、男としてその挑発に乗らざる得なかった高田たちの気持ちはよく分る。相手が胸を蹴ってみろと言う以上、側頭部やみぞうちを狙えば、それは卑怯だ。男なら分ると思う。
かくして、男たちが鍛え上げた肉体と肉体とのぶつかり合いである伝統的なプロレスは復活した。プロレスの進化を目指したUWFの面々も、男の本能には勝てなかった。
そんな高田や山崎も「あの技だけは嫌。あれはムカっ!とくる」と言っていたのが冒頭のヒップドロップ。あれをやられて、かっとなって気がついたら越中のペースにはまっていたらしい。
越中の作戦勝ちだね。