ナマケグマは私の理想である。
このクマさんは、ゴロゴロと寝転がってばかりいる。実に幸せそうである。でも決して愚鈍ではない。前腕には長く鋭い爪を持ち、巨体のベンガルタイガーからも警戒される強者である。
しかしながら、その強靭な前足と爪を繰り出す相手は、白アリの巣であり、蜂の巣でもある。美味しそうに蟻の蛹や、蜂の蜜を食べると、後は寝転がるだけである。長くごつい毛が生えているので、蟻の噛み付きも、蜂の針もあまり気にしない。
そして、地面が湿っていても気にせずに寝転がる。泥浴びなんて大好きだ。でも、後で綺麗に毛づくろいする。あまり好戦的な性格ではないので、縄張りをめぐっての戦いも、かなり穏やかである。
そのあたり、短気な私としては見習いたいものだと思っている。
子供の頃から、私はかなり短気な性格であった。気が短いのも確かだが、沸点が低く、自分でも予想していない段階で暴発することがあり、暴れた後で後悔している難儀な子供でもあった。
そんな私が苦手としていたのが、上品で慇懃無礼な輩である。やたらと丁寧で、それでいて底意地の悪い意図が見え隠れする。それが感じ取れるのだが、こちらから口火を切るきっかけというか、引き金が見当らない。
気が付くと、一方的に貶められ、侮蔑されているようなのだが、知性の低いガキンチョの私は、どこに腹を立てたら良いのか分からず困惑するばかり。
結局、怒り出すことも出来ず、暴れることも出来ないまま終わってしまい、後に残るは不快感と欲求不満だけ。実に厭らしい奴なのだが、どうしたら良いのか分からないので、近づかないように努めるのが精一杯であった。
幸い、育ちの悪い私の周囲には、このタイプは滅多にいなかった。ただ、近所のお嬢様用の大学があり、そこに通う中等部の連中と本屋などで出くわすことはあった。
私が参考書などを見繕っていると、私の方をちらっと見て「あの辺りの本は、私たち向けではありませんわ」などとのたまいやがる。明らかに馬鹿にしているのだが、曖昧で迂遠な言い方なので、私としては、どこに噛み付いたら良いか分からず、戸惑うしかなかった。
まァ実際問題、当時の私は勉強が嫌いで、成績も底辺を彷徨っていたから馬鹿にされるのも仕方ない。でも、見ず知らずの相手に馬鹿にされる覚えはない。
・・・だよな。実はちょっと自信がない。もしかして、あのクソ憎たらしい女学生、A子だったかも。
A子は小学生の頃の隣のクラスの女の子だったと思う。私とは何の関わりもないはずだと思うが、思い出したら一つだけあった。その小学校にある図書室では、貸出のランキングが張り出されてるのだが、万年トップが本の虫の私だった。
あの頃も勉強は嫌いだったが、本だけは人一倍読んでいた。ランキングになんか興味はなかったが、そういえばトップの私の下に隣のクラスのA子の名前を見かけたように思う。もしかしたら話しかけられたこともあったかもしれない。
ところが、私は読書に夢中になると、周囲が見えなくなる。多分、邪険に扱ったのかもしれない。別に他意があるわけでなく、本を読み続けたかっただけ。更に思い出すと、6年の時の2月のバレンタインの時、教室の私の机の中に、送り主の名がないチョコレートが置いてあったことがあった。
当時はまったくのガキであった私は、異性に対する興味は薄く、その場でチョコをパクパクと食べ切り、そのまま忘れてしまった。同じクラスの娘から、その手のアプローチは皆無だったから、もしかしたらA子かも。
でも、当時は想像もつかなかった。A子は勉学優秀で私立の中学受験を志していた。だから落ちこぼれの私とは無縁の存在だと思っていた。ただ後日、同じクラスの女の子から、それとはなく尋ねられたことで、どうやらA子からだったようだと気付かされた。
その時、私がどう返答したのかは覚えていないが、なんとなく周囲から冷やかに見られていたように思う。まァ女の子限定の冷たい視線だったので、私は気にしなかった。
むぅ・・・恨まれても仕方ねえな。どうも私は異性関係に関してはロクデナシであるようだ。
ところで表題の作品は、短編集ではるが、ぼんやりとつながりがある。そこはかとなく怖い話が多いのだが、その犯人たちの上品で辛辣なことは、私を閉口させた。同時に思い出したのがA子のことだ。
もう、まったくの没交渉というか、無縁の存在なのだが、思い出してしまったではないか。別に今さら、どうこうする気もないのですけどね。