ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「狂骨の夢」 京極夏彦

2008-04-22 09:23:47 | 
私はお化けをみたことはない。

見た事はないが、居ないとは考えていない。何故なら、お化けは必要があって、人間が産み出したものだと考えているからだ。

科学があろうとなかろうと、世の中は分らないことが沢山ある。何故今、地震が起きて自分の愛する家族が奪われなければならないのか。悪いことなどしていない無垢な命が、病魔に冒されるのは何故か。どんなに努力をしても、幸せになれないのは何故か。

分らないままでいることは辛い。だからお化けが必要だった。矛盾だらけの世の中で、失われてはならないものを奪われて、心に傷を負った人々にこそ、原因としての妖怪妖魔は必要だった。

人間の心の闇こそが、お化けを必要とした。だからこそ、お化けは恐ろしくなければならなかった。その恐ろしさを産み出す、人の心の暗闇の、なんと深く濃厚なことか。

その人間の産み出す心の闇、すなわちお化けを土台にしてミステリーを展開するのが京極夏彦だ。こんな作品、日本でしか生まれないと思う。

1500年にも及ぶ妄執、500年の執念、そして僅か数年の愛憎がもたらした骸骨を巡る事件の複雑怪奇さは、すべて人の心の闇が紡ぎ、編み出したものだ。

それを愚かしいと断ずるのは容易いが、その原因となる妄執は誰の心にも生じるものなのだろう。

科学的論拠に基づき、お化けを否定するのは容易い。しかし、科学は必ずしも全てを解き明かしはしない。だから、人が人である限り、お化けは必要とされるのだろう。

多分ね、お化けがいる世の中のほうが、人は幸せなのだと思う。見た事ないけど、お化けはきっといると思うぞ。でも、理屈だらけの陰陽師、京極堂は言うだろう「この世に不思議なことなんてないんだよ」と。私に言わせれば、人間こそ不思議なんだけどね。
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年金天引き保険料に思うこと

2008-04-21 12:22:28 | 社会・政治・一般
現在の日本の抱える大きな問題の一つが、増大する一方の高齢者医療費だ。

年をとれば病気になりやすい。必然でもあり、自然でもある。しかし、日本の高齢者は、少し病院に行き過ぎだと思う。たいしたことがなくとも病院に足を運び、薬の処方を求める。医者は仕方なく、たいして効力もない薬を出さざる得ない。

そのため、どこの病院、診療所でも待合室は、老人の談話室と化していると報じられて既に数十年。未だその状況は、なかなかに改善されない。そのため、緊急性の高い患者が後回しにされることも珍しくない。

諸外国と比べても、日本の高齢者は医者にかかり過ぎだと思う。その原因の一つは、高齢者に手厚い医療保険制度であり、この制度ゆえに病院の診療報酬が確保され、医院の経営を支えている実情がある。

心ある医師は、治療が必要がない高齢者の医療に時間をとられることを悩みつつ、頼られることを拒否できずにいる。経済的にも、大きな収入の柱である事実が、ますます拒否できなくさせる。

医療が安いことは、道徳的には素晴らしいことだが、安易な医者頼りを増加させる弊害がある。先進国でも稀有な薬漬け医療は、製薬会社の懐を潤している事実も見逃せない。

結果として国民健康保険は大赤字だ。一応書いておくと、若い加入者の多い民間会社等の社会保険基金での健保会計は黒字であることも珍しくない。

働き盛りの若い世代と中高年の支払う健康保険料で支えられている国民健康保険は、少子高齢化を迎え事実上破綻状態に陥っている。この事実は直視すべきだ。

現在、盛んに問題となっている後期高齢者(なんだ、この日本語は?)の公的年金からの保険料の天引き制度だが、そんなに悪い制度とは思えない。

収入が少ない高齢者虐めだと批難が相次いでいるが、本当にそうか?保険料が増えたといっても、それほど高額ではない。扶養からはずされた人には高く感じるだろうが、同じ収入の若い人が負担する保険料よりは少ない。

天引きされようと、自分で納めにいこうと、収入から払う事実に変わりないのだから、年金からの天引きはそれほど悪い制度とは思えない。このあたり冷静に捉えて欲しいものだ。

ただね、厚生労働省はあまりに説明不足。根回し不足だろう。最近の法改正は、この手のものが多い。内々で改正を決めて、それをそっと国会を通過させ、さあ決まったことだから従え!

これじゃあ反発を買うのも当然だ。おまけに現場との打合せもせずに改正を決めているから、現場が混乱することは必然だと思う。ニュースで地方の役所の方からも説明不足だと批難されているのは無様としか言い様がない。

最近の霞ヶ関は、この手の無雑作すぎる法改正を頻発する。どうも現場の知識経験のないエリートが、書類の上で完璧な改正案を作って、それを放り出して満足している気がする。日経がアリバイ的法改正と揶揄していたが、まさにその通り。

この状況を改善するには二つ、必要なことがある。一つは官官接待を含め、民間との飲食接待を復活させることだ。意外に思う方も多いと思うが、明るい会議室で話し合うのと、酒を伴にしつつ談笑しながら話し合うのでは、本音の出方が違う。日本人は正面きっての意見の対立を厭う。だから会議室では本音が出ないのが現実だ。これは民間企業でも同じだよ。

もう一つは、日露戦争以降の弊害。エリート官僚の政策実施の結果責任を不問とする慣習を改めることだ。日露戦争における日本の失敗は数多い。しかし、勝ったことでそれを不問にしたことが、いつのまにやら慣行化して、特権化してしまっている。そのため、稚拙な法改正による失態の責任を問わない伝統が育ってしまった。

失敗を認めないのだから、責任はなく、反省も必要ない。これが日本のエリートを著しく増長させ、駄目なエリートを蔓延させてしまった。

大規模福祉社会であるがゆえに、厚生労働省の失態が目立つが、これは他の官庁でも同じ事。自民だろうが民主だろうが、霞ヶ関を改めないと、同じ失政は何度も繰り返されると思います。
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「鋼の錬金術士」 荒川弘

2008-04-18 12:26:21 | 
親しいからといって、なんでも話せる訳ではない。

毎日会っているのに。一番信頼しているのに。それでも、なんでも話せる訳ではない。むしろ、親しければ親しいほど、踏み込めない空隙は深く暗い。

もし、話してしまったら。もし、尋ねてしまったら、壊れてしまうかもしれない。大切な関係だから、一度壊れると、もう二度と元には戻らない気がする。だから、怖くて訊けない、話せない。

誰よりもそばに居るのに、話せない秘密がある苦悩は深く重い。そんな人間ドラマをしっかりと描き切っているからこそ、表題の漫画はヒットしたのだと思う。もちろん、ファンタジーものとしても傑作だと思う。愛情と欲望、戦争と平和などの要素を含みつつ、少年向け漫画であるにもかかわらず、子供向けの逃げをせずに、堂々残酷な場面をも直視しする気概が良し。

なによりも、苦悩を抱えつつも前へと進もうとするエルリック兄弟の苛烈な姿勢が頼もしい。強い意志の元にこそ、未来は拓かれる。与えられるのでなく、自らの意志と行動で獲得する生き様こそ読むに値すると思う。

私もいくつもの秘密を抱えている。職業上のものは三途の川まで抱え込むつもりだが、家族の間での秘密はどうする。今では私しか知らない話だが、未だ話せずにいる。いつかは話さねばならないと覚悟している。もう妹たちも大人だし、耐えられることは分っている。信じている。

それでも今は話せない。話す時は決めてある。その時はいずれ訪れるだろう。
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「A10奪還チーム 出動せよ」 スティーブンLトンプスン

2008-04-17 13:54:34 | 
車を運転していると、自分が強くなったと錯覚することがある。

自分の足ではありえないスピードで力強く走ると、自分が早く走っている感覚になる。力強いエンジン音を聞きながら、的確なアクセルワークと、素早いシフト・チェンジで車を操作していると、自分が車と一体になった錯覚に陥る。

まるで自分が偉くなったと思い込める。だからだろう、ハンドルを握ると人格が変わる人って、けっこう居ると思う。かつては馬がその役割を担ったのだと思うが、現在では車こそが馬に変わって人を運び、時代を作る。

そのため、冒険小説では車が大きな役割を果たすことが多い。追う車と、逃げる車の激しい競争の場面が際立つのが、表題の小説だ。そのカーチェイスの場面の迫力は、数ある冒険小説でも屈指のものだと思う。

ちなみにA10とは、アメリカ軍の地上攻撃専門の爆撃機。実にぶかっこうな飛行機なのだが、凄まじい破壊力を持つ。低空、低速度で暴れるジェット航空機という妙なコンセプトで生まれた珍機でもある。こんな機体、アメリカしか作れんぞ。

冷戦の最盛期に、東側に墜落したA10を巡る活劇ものです。機会がありましたら是非どうぞ。車の運転が好きな方なら、必ず楽しめると思います。

ところで、現在4月の交通安全週間らしい。普段は警察がウロウロしていていると気分が悪いが、マナーの悪いドライバーはバシバシ取り締まって欲しいものだ。でかい高級車に乗ると、自分が偉くなったと勘違いして、傲慢なふるまいをする阿呆ドライバーは本当に不愉快。

偏見かもしれないが、中途半端な管理職に多い気がする。それと昼間っから旦那の稼ぎで贅沢しているご夫人がたの自己中運転。罰金も上がったことだし、こんな連中こそ取り締まって欲しい。低俗なマナーにもかかわらず、反比例して高慢な態度が、本当に不愉快なのです。
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立川反戦ビラ裁判

2008-04-16 12:22:16 | 社会・政治・一般
僕たちは正しいんだ。正しいのだから、僕たちの正しさを主張するために、他人の敷地に入り込んで、僕たちの正しさを主張する権利はあるんだ。

憲法で認められた表現の自由という権利ゆえに、他人の私有地に無断で入り込んで、僕たちの正しさをばら撒く自由は保障されてしかるべきだ。

僕たちの正しさを主張する自由を認めない裁判こそ、国家権力による表現の自由への弾圧そのものだ。表現の自由は絶対だ。僕たちの正しさを分らせるためにつくったビラをばら撒くのは、絶対に正しい行為だ。

分からず屋どもを啓発するためなら、静かに暮らす他人の家の敷地に無断で入り込んで、僕たちの正しさを主張する自由は認められるべきだ。こんな最高裁判決は認められるものか!僕たちはこれからも、言論の自由のもと、僕たちの正しさを叫んで止まないぞ。

 嗚呼、ウルサイ!
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