直訳すると橋であるが、体育の時間などで教わるブリッジは、身体能力を激しく使う動作でもある。
まず仰向けに寝て、両足を肩幅の広さに開き、膝を立てる。同時に両手を耳の横にもっていき、顎を突き上げるようにして体を持ち上げる。コツは両手の指先を肩の方向に向けておくことだ。
こうして、エイヤッとお腹を空中に浮かせてブリッジは出来上がる。エビ反りの状態であり、腹筋背筋ともにひきつるほどの負荷がかかる。苦手な子も多かったと思うが、私の小学校では全員が出来るまで特訓させられた。
私はわりと、このブリッジが得意で、背中を伸ばす感覚が好きで、家でもベッドの上でやっていたぐらいだ。慣れてくれば、立った状態から体を背後に反らしてブリッジを出来るようになれる。かなり難しく、また危険度も高い。でも、私はけっこう必死になって練習していた。なぜなら目標があったからだ。
ジャーマン・スープレックス・ホールド。
このプロレス技を覚えたかったからだ。まず相手の背後に回って腕を回して締め上げるように腕をロックする。グイッと相手を持ち上げると、すかさずブリッジの要領でお腹を付だし、その上に相手をのっけてそのまま背後にエビ反る。
しっかりとエビ反らないと背中から落ちることになり、相手の体重も上乗せされるのでかなり痛い。またエビ反りが不十分だと自分の後頭部を打つことになり、きわめて危険でもある。
恐武Sを抑えながら、自分の後頭部から地面に落ちる感覚でやると、相手のほうが先に地面に落ちるので、自分が受ける衝撃は少なくて済む。この相手を乗せた状態でブリッジを完成させたのが通称ジャーマン・スープレックス・ホールドである。
プロレスの神様と云われたカール・ゴッチが初めて日本で紹介した超高難易度の技であり、文字通りの必殺技であった。まともに食らえば失神することも珍しくなく、下手をすれば首を鍛え上げたプロレスラーでさえ大怪我をする危険な技でもある。
私の憧れの技でもあり、そのために何度も練習をした。その甲斐あって、下が柔らかいマットならば、なんとか出来るようになった。でも実戦(喧嘩)では使えない。あまりに危険過ぎるし、自分が傷つく可能性が高い。
繰り返しになるが、このジャーマン・スープレックス・ホールドという技は、相手を垂直に近いかたちで投げ落としてこそ効果を発揮する。そう思い込んでいた。
ところが、違うやり方でこのジャーマン・スープレックス・ホールドを進化させた男がいる。それがリックとスコットのスタイナー兄弟だった。彼らはジャーマン・スープレックスの姿勢からブリッジをせずに、空中で相手を更に放り投げて、自分は背面で唐黶A相手を更に遠くへ投げ落としてしまった。
通称、投げっぱなしジャーマン。
初めてこの技を見た時は仰天した。投げられた相手は吹っ飛んで後頭部から墜落しての失神状態。ちなみに、カール・ゴッチはこの技をジャーマン・スープレックス・ホールドの鰍ッ損ないと誹謗したが、破壊的な威力のある技であることは間違いなかった。
この凄まじい威力ゆえに、この技は大いに流行り、今では前座のレスラーでさえ使うありきたりの技となってしまった。一応書いておくと、本来のジャーマン・スープレックス・ホールドのほうが技術的には難しい。
この「投げっぱなしジャーマン」を編み出したスタイナー兄弟は、正統派のレスリングを駆使するだけでなく、合体技の名手でもあり、技の攻防を好む日本のプロレスファンからは高い評価を受けていた。フランケン・シュタイナーを合体の形でやったのも、この兄弟が最初だったと思う。
意外だったのは、アマレス出身のスタイナーは、なぜか試合でジャーマン・スープレックス・ホールドを使うことはなかったことだ。後年分かったのだが、元々膝を故障するまでは、普通にジャーマン・スープレックス・ホールドを使っていたが、膝の故障でホールドの状態を保つことが出来なくなった。
そこで兄のリックが考え出したのが、膝への負担が少ない「投げっぱなしのジャーマン・スープレックス」だったらしい。逆転の発想というか、柔軟な思想が思いもよらぬ必殺技開発につながった。
この投げっぱなしジャーマンなら、実戦でも使えるだろうが、相手が受け身をしっかり取らないと死傷事故になりかねない。だから、あれほど練習したにも関わらず、私はジャーマン・スープレックスを使ったことがない。
下が柔らかいマットの上でさえ危険な技なので仕方ないと思う。ちなみにプロレスのマットは、畳と同じぐらいの固さだという。やっぱりプロレスラーって凄いね。