入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’21年「秋」(31)

2021年10月09日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

                                       photo by Ume氏

 この写真に写った山の景色を眺め、ふと自分も昨日、ここを歩いていたような錯覚を覚えた。遠くにまだ薄い赤味を帯びた空、影のような八ヶ岳が雲海の上に浮かび、右手には特徴のある大きな岩のコブと呼んでいいのか、摩利支天をくっつけた甲斐駒が岳が見える。その山腹にはまだ僅かしか日が射していない。
 そこから北方に延びる稜線は鋸岳、そして少し遠くに色付いた山肌が朝の日を浴びて輝き、手前のハエマツの緑と対照的な色合いを見せている。この季節の、日本の3000メートル級の山の情景が皆詰まっている。
 
 ここを通ったことはあると思う。しかし見慣れた、というほどに馴染みのある風景ではない。それに、ある思い入れとこだわりがあって、実は甲斐駒にも鋸岳にも行ってない。
 にもかかわらず、なぜ昨日もこの場所にいたかのような気がしたのか。多分それは、右手に少しだけ写っている山道のせいで、そのさりげない一景に目が触れた瞬間、懐かしさが熱くこみあげてきて、それを昨日のことのようにと言いたかったのだと思う。
 ハエマツ帯と花崗岩のかけらが散らばる歩きにくい不安定な山道、そんな場所などもう本当に長いこと歩いたことがない。思い出すこともあまりなく、これからもそうかも知れない。
 
 入笠の牧で働くようになって、すっかり山から遠ざかってしまった。山とはこの場合、森林限界を超えるような山のことを言っているのだが、そうであっても少しも不足不満はなかった。むしろ、日本の山の良さはここの周囲にもあるような森林の豊かな中級山岳にあるのだと思い、自分で納得するだけでなく他人にも、さらにはこの独り言でも吹聴してきた。
 だから、先日海老名出丸さんたちが千畳敷に行くと言っても、梅津さんが姪御さんを連れて仙丈岳に登ると聞いても、自分でも行ってみたいとは少しも思わなかった。帰ってきて、天候に恵まれていい山旅ができたと笑顔で語る海老名出丸さんたちの話を聞いて、素直に喜べた。山から帰った梅津さんとは電話で話したのだが、同じ気持ちだった。
 ところが、醒めてしまったと思っていた熱があの写真を見て、消し損ねた熾のようにまだ消えずにいたことを知った。しかしそれはそれでいい。そっとしておく。
 
 自分のことではないが、連れ添い、労わり、励まし合った老夫婦の一方が先だった後、残された者がそうするように、山についてもいい思い出だけをずっと記憶していきたい。
 
 本日はこの辺で、明日は沈黙します。
コメント
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