児玉大将は、乃木大将の権限を取り上げようとはせずに、側面から、第三軍の指導に当たった。児玉大将は、やはり、軍司令官としての乃木大将を立て、乃木大将の参謀長のような顔をして作戦指導を行った。
明治三十七年十二月五日午後一時、二〇三高地は遂に陥落した。これまでに攻撃に参加した日本軍将兵は約六四〇〇〇人、そのうち、死傷者は約一七〇〇〇人だった。
十二月六日から、高地に海軍の観測所が設置され、旅順港のロシア艦隊に向けて砲撃が開始され、戦艦を次々に撃沈した。港外に逃げた戦艦は、待ち受けていた日本艦隊が殲滅した。こうして、ロシア太平洋艦隊は全滅した。
旅順艦隊が全滅したという事は、旅順を守るロシア軍にとって大きなショックだった。明治三十八年一月一日午後三時半、ロシア軍から、ステッセル軍司令官からの降伏の書状をもった軍使が来た。旅順はついに陥落した。
「伊藤痴遊全集第五巻・乃木希典」(伊藤仁太郎・平凡社)によると、明治三十八年一月五日、旅順から北西約四キロにある水師営で、乃木希典陸軍大将とロシア軍の軍司令官・ステッセル陸軍中将の会見が行われた。
ステッセル中将が、数名の将校を従えて、約束の時間に水師営にやって来ると、乃木大将もこれを迎えて、初めて、両将軍が握手をした。
両将軍は、互いに携えてきた缶詰を開けたり、酒を飲み合って、昨日までの砲煙、弾雨の中に命を懸けて攻防の戦いをしたことは、一切忘れて、談笑の中に、戦争の思い出などを語り合った。
その談笑の中で、ステッセル中将が乃木大将にむかって「あなたの御子息は、あなたと共にこの戦争に参加しておられた、という事であるが、御無事で従軍しておられますか」と尋ねた。以後のやり取りは次のようなものだった。
乃木大将「倅は、戦死しました」
ステッセル中将「エッ、何と言われます。戦死したのですか」
乃木大将「そうです」
ステッセル中将「そういう噂も、聞いておりましたが、果たしてそうであったのですか」
乃木大将「両人とも、戦死いたしました」
ステッセル中将「(眼を丸くして)両人とも、戦死いたしました」
乃木大将「左様」
ステッセル中将「オー、それは、何とも申し上げようのない、不幸の事でした。しかし、令息は、幾人おりますか」
乃木大将「私の子供は、その両人の外に、一人も無いのです」
ステッセル中将「何と、戦死せられた、令息の外に、子共は無いのですか」
乃木大将「そうです」
ステッセル中将「それでは、この戦いで、あなたは子供の総てを失ったのですか」
乃木大将「左様」
ステッセル中将「フ、ム……(感慨に堪えぬという風で、何回も太い息を漏らした)。それは何とも申し上げようのない事であります。私も国許には沢山の子供をのこして来ている。この長い戦闘中に、ややもすれば、子供の事を思い出した位でありますから、あなたに於いても、たった二人の御子さんを亡くされたという事は、どれ程の苦痛であるか、御心の中は、御察しいたします」
乃木大将「いや、ステッセル将軍よ、私は、この両人の倅を失ったために、我が日本帝国のために、幾分の務めを尽くした、という事を考えて、まことに喜びに堪えません」
ステッセル中将「(感に堪えなくなって、思わず乃木大将の手を握り)貴国の兵士が勇敢に、これまでの戦いを継続できたのは、全くあなたのような、将軍があって、よくその士卒を励まされたから、ここに至ったのであります。私は、あなたの御心を察して何とも申し上げる言葉がありません」
ステッセル中将が、乃木大将の子供の事を言い出したために、何となく話が寂しくなって、列席している将校たちも、皆頭を下げて、両将軍の対話を、聞いているばかりだったという。
明治三十七年十二月五日午後一時、二〇三高地は遂に陥落した。これまでに攻撃に参加した日本軍将兵は約六四〇〇〇人、そのうち、死傷者は約一七〇〇〇人だった。
十二月六日から、高地に海軍の観測所が設置され、旅順港のロシア艦隊に向けて砲撃が開始され、戦艦を次々に撃沈した。港外に逃げた戦艦は、待ち受けていた日本艦隊が殲滅した。こうして、ロシア太平洋艦隊は全滅した。
旅順艦隊が全滅したという事は、旅順を守るロシア軍にとって大きなショックだった。明治三十八年一月一日午後三時半、ロシア軍から、ステッセル軍司令官からの降伏の書状をもった軍使が来た。旅順はついに陥落した。
「伊藤痴遊全集第五巻・乃木希典」(伊藤仁太郎・平凡社)によると、明治三十八年一月五日、旅順から北西約四キロにある水師営で、乃木希典陸軍大将とロシア軍の軍司令官・ステッセル陸軍中将の会見が行われた。
ステッセル中将が、数名の将校を従えて、約束の時間に水師営にやって来ると、乃木大将もこれを迎えて、初めて、両将軍が握手をした。
両将軍は、互いに携えてきた缶詰を開けたり、酒を飲み合って、昨日までの砲煙、弾雨の中に命を懸けて攻防の戦いをしたことは、一切忘れて、談笑の中に、戦争の思い出などを語り合った。
その談笑の中で、ステッセル中将が乃木大将にむかって「あなたの御子息は、あなたと共にこの戦争に参加しておられた、という事であるが、御無事で従軍しておられますか」と尋ねた。以後のやり取りは次のようなものだった。
乃木大将「倅は、戦死しました」
ステッセル中将「エッ、何と言われます。戦死したのですか」
乃木大将「そうです」
ステッセル中将「そういう噂も、聞いておりましたが、果たしてそうであったのですか」
乃木大将「両人とも、戦死いたしました」
ステッセル中将「(眼を丸くして)両人とも、戦死いたしました」
乃木大将「左様」
ステッセル中将「オー、それは、何とも申し上げようのない、不幸の事でした。しかし、令息は、幾人おりますか」
乃木大将「私の子供は、その両人の外に、一人も無いのです」
ステッセル中将「何と、戦死せられた、令息の外に、子共は無いのですか」
乃木大将「そうです」
ステッセル中将「それでは、この戦いで、あなたは子供の総てを失ったのですか」
乃木大将「左様」
ステッセル中将「フ、ム……(感慨に堪えぬという風で、何回も太い息を漏らした)。それは何とも申し上げようのない事であります。私も国許には沢山の子供をのこして来ている。この長い戦闘中に、ややもすれば、子供の事を思い出した位でありますから、あなたに於いても、たった二人の御子さんを亡くされたという事は、どれ程の苦痛であるか、御心の中は、御察しいたします」
乃木大将「いや、ステッセル将軍よ、私は、この両人の倅を失ったために、我が日本帝国のために、幾分の務めを尽くした、という事を考えて、まことに喜びに堪えません」
ステッセル中将「(感に堪えなくなって、思わず乃木大将の手を握り)貴国の兵士が勇敢に、これまでの戦いを継続できたのは、全くあなたのような、将軍があって、よくその士卒を励まされたから、ここに至ったのであります。私は、あなたの御心を察して何とも申し上げる言葉がありません」
ステッセル中将が、乃木大将の子供の事を言い出したために、何となく話が寂しくなって、列席している将校たちも、皆頭を下げて、両将軍の対話を、聞いているばかりだったという。