医師の「目」で宇宙を体験 金井飛行士寄稿
2018年4月9日 (月)配信読売新聞
みなさん、こんにちは。JAXA宇宙飛行士の金井宣茂です。
昨年12月から、地球の上空、約400キロメートルの軌道を飛行している「国際宇宙ステーション」で、長期宇宙滞在ミッションを行っています。わたしはもともと、海上自衛隊で医官として勤務をしていましたので、医師の観点から宇宙での生活についてご紹介したいと思います。
「宇宙酔い」や「体液シフト」
さて、何といっても、宇宙生活に特有なのが微小重力の環境です。ロケットで打ち上がった直後には、上下の感覚が混乱して気持ち悪くなる「宇宙酔い」という症状が出ます。その程度については人さまざまで、乗り物酔いをしやすい性質のわたしでしたが、酔い止め薬の内服をきちんとしていたおかげか、食欲が落ちることもなく、初日から元気に過ごすことができました。
また、重力がなくなることで、地上では相対的に下半身に多く集まっていた血液などの体液が、上半身にも均等に分布するようになることで起こる「体液シフト」という現象も出てきます。これは、地上で逆立ちをしたときのように頭に血がのぼって、顔がむくんだり、鼻が詰まったり、頭痛や頭重感が続いたりするものです。
自分で体感するまでは、どれほど不快な症状なんだろうかと心配でしたが、実際に宇宙で生活を始めてみると、しゃべるときにやや鼻声になるのと、顔がふっくらしたほかには、ほとんど気になることはありません。むしろ顔のシワが伸びて若返ったように見えたり、地上にいたときに比べて体液分布が減ったせいで足が細くなったりと、地上にいる家族や知人からうらやましがられるくらいです。
スーパーヒーロー気分!
宇宙環境に慣れるまでの体調の変化は、事前に心配していたほど辛いものではなかったというのが、正直な感想です。むしろ、フワフワと体が浮く状態は実に楽しいもので、水中を自在に動き回る魚にでもなったようです。宙返りなどのアクロバットをすればオリンピックの体操選手レベルですし、壁を蹴って空中を飛んで移動すればスーパーヒーロー気分!近い将来に宇宙旅行が現実化したならば、みなさんも、ぜひ1回はこの感覚を経験するべきだと強くお勧めします。
頼りになる「フライトサージャン」
「でも、宇宙旅行なんて何だか心配」という方もおられると思いますが、医学や健康管理の面では、筑波宇宙センターをはじめ、各国の管制センターに「フライトサージャン(航空宇宙医師)」というお医者さんが勤務していて、さまざまな問題に対応してくれています。
たとえば「宇宙酔い」などの体調不良に対する内服処方を出してくれたり、わたしのミッション期間中では毎週面談をして困ったことがないか相談に乗ってくれたりしています。
先日は、宇宙服を着て宇宙ステーションの外に出て「船外活動」を行う機会がありました。動きづらい宇宙服で休みなく6時間近く作業を続けるのは訓練を受けた宇宙飛行士にとっても過酷なものですが、心電図などさまざまなデータをリアルタイムでモニターしながら管制室の中からサポートしてくれる「フライトサージャン」の存在は、とても頼りになるものでした。
さて、宇宙飛行が終わったあとには、重力のある地上での生活に慣れるため、この「フライトサージャン」の指導によるリハビリが待っています。宇宙生活で骨や筋肉が弱くなりがちなことに関しては、軌道上で毎日2時間以上の体力トレーニングを行うことで予防することができますが、微小重力環境で失われたバランス感覚を取り戻すには、宇宙飛行のあとに特別なリハビリを行う必要があるのです。
病気予防に知見を活用
こういった宇宙飛行に関するさまざまな医学・健康管理の上での取り組みは、将来の宇宙旅行に役立つことになるのはもちろんですが、現在の地上での疾病予防や、特殊な病気の原因究明、病気やケガからの回復のためのリハビリなどにも活用することが期待されています。
わたしのミッションも残すところ2か月ほど。地上に帰還するまでに、もっと色々な知見を得ることができるように、宇宙生活を思う存分に体験してきたいと思います。
<金井宣茂(かない・のりしげ)>
海上自衛隊の医官を経て、2009年に宇宙飛行士候補に選ばれた。ISSに昨年12月から長期滞在しており、今年6月に帰還予定。
2018年4月9日 (月)配信読売新聞
みなさん、こんにちは。JAXA宇宙飛行士の金井宣茂です。
昨年12月から、地球の上空、約400キロメートルの軌道を飛行している「国際宇宙ステーション」で、長期宇宙滞在ミッションを行っています。わたしはもともと、海上自衛隊で医官として勤務をしていましたので、医師の観点から宇宙での生活についてご紹介したいと思います。
「宇宙酔い」や「体液シフト」
さて、何といっても、宇宙生活に特有なのが微小重力の環境です。ロケットで打ち上がった直後には、上下の感覚が混乱して気持ち悪くなる「宇宙酔い」という症状が出ます。その程度については人さまざまで、乗り物酔いをしやすい性質のわたしでしたが、酔い止め薬の内服をきちんとしていたおかげか、食欲が落ちることもなく、初日から元気に過ごすことができました。
また、重力がなくなることで、地上では相対的に下半身に多く集まっていた血液などの体液が、上半身にも均等に分布するようになることで起こる「体液シフト」という現象も出てきます。これは、地上で逆立ちをしたときのように頭に血がのぼって、顔がむくんだり、鼻が詰まったり、頭痛や頭重感が続いたりするものです。
自分で体感するまでは、どれほど不快な症状なんだろうかと心配でしたが、実際に宇宙で生活を始めてみると、しゃべるときにやや鼻声になるのと、顔がふっくらしたほかには、ほとんど気になることはありません。むしろ顔のシワが伸びて若返ったように見えたり、地上にいたときに比べて体液分布が減ったせいで足が細くなったりと、地上にいる家族や知人からうらやましがられるくらいです。
スーパーヒーロー気分!
宇宙環境に慣れるまでの体調の変化は、事前に心配していたほど辛いものではなかったというのが、正直な感想です。むしろ、フワフワと体が浮く状態は実に楽しいもので、水中を自在に動き回る魚にでもなったようです。宙返りなどのアクロバットをすればオリンピックの体操選手レベルですし、壁を蹴って空中を飛んで移動すればスーパーヒーロー気分!近い将来に宇宙旅行が現実化したならば、みなさんも、ぜひ1回はこの感覚を経験するべきだと強くお勧めします。
頼りになる「フライトサージャン」
「でも、宇宙旅行なんて何だか心配」という方もおられると思いますが、医学や健康管理の面では、筑波宇宙センターをはじめ、各国の管制センターに「フライトサージャン(航空宇宙医師)」というお医者さんが勤務していて、さまざまな問題に対応してくれています。
たとえば「宇宙酔い」などの体調不良に対する内服処方を出してくれたり、わたしのミッション期間中では毎週面談をして困ったことがないか相談に乗ってくれたりしています。
先日は、宇宙服を着て宇宙ステーションの外に出て「船外活動」を行う機会がありました。動きづらい宇宙服で休みなく6時間近く作業を続けるのは訓練を受けた宇宙飛行士にとっても過酷なものですが、心電図などさまざまなデータをリアルタイムでモニターしながら管制室の中からサポートしてくれる「フライトサージャン」の存在は、とても頼りになるものでした。
さて、宇宙飛行が終わったあとには、重力のある地上での生活に慣れるため、この「フライトサージャン」の指導によるリハビリが待っています。宇宙生活で骨や筋肉が弱くなりがちなことに関しては、軌道上で毎日2時間以上の体力トレーニングを行うことで予防することができますが、微小重力環境で失われたバランス感覚を取り戻すには、宇宙飛行のあとに特別なリハビリを行う必要があるのです。
病気予防に知見を活用
こういった宇宙飛行に関するさまざまな医学・健康管理の上での取り組みは、将来の宇宙旅行に役立つことになるのはもちろんですが、現在の地上での疾病予防や、特殊な病気の原因究明、病気やケガからの回復のためのリハビリなどにも活用することが期待されています。
わたしのミッションも残すところ2か月ほど。地上に帰還するまでに、もっと色々な知見を得ることができるように、宇宙生活を思う存分に体験してきたいと思います。
<金井宣茂(かない・のりしげ)>
海上自衛隊の医官を経て、2009年に宇宙飛行士候補に選ばれた。ISSに昨年12月から長期滞在しており、今年6月に帰還予定。