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「たかが睡眠薬の変更」ではない、寄り添った診療で笑顔に

2023年02月08日 21時40分05秒 | 介護福祉高齢者

「たかが睡眠薬の変更」ではない、寄り添った診療で笑顔に【思い出の臨床風景】

宮城県立精神医療センター 山内 昂也氏

 

不眠の80代男性患者の悩み

山内 昂也氏

 専攻医の1年目として東北大学精神科に勤務し、いよいよ外来患者を持つことになった時のことです。その方は、うつ病の80代男性Aさん。「現在は抑うつ状態ではなく、数年間気分は安定しているが、不眠に悩まされている」とのことでした。綺麗に整えられた白髪、クリーム色のセーターを着て、汚れのない茶色の革靴を履いていました。ゆっくりな歩みですが、同い年ほどの奥様に手を繋がれながら入室してくる姿は、どこか愛らしい様子だったことを覚えています。

 奥様が「夜に目が覚めてトイレに行くんですけど。足元がおぼつかないみたいで。私も手伝っているんです」とAさんを気遣うようにしてお話される中、Aさんは「うーん」と悲しげな表情でうなりながらうつむいていました。聞くところによると、夜間に目が覚めてトイレに行くときに足元がおぼつかないことから、やむを得ずベッド脇にポータブルトイレを置き、奥様もその度に起きては手伝っているとのことでした。

 睡眠薬を確認すると、ベンゾジアゼピン系睡眠薬(BZD)が使われていました。私は臨床経験が乏しく、手探りでしたが「BZDによる脱力がおぼつかなさの原因かもしれない」と教科書的な発想は浮かんでいました。そこでAさんに「睡眠薬を変えてみましょう」と提案し、BZDをやめ、適応外ではありましたが、トラゾドンを処方しました。トラゾドンは抗うつ薬ではありますが、実臨床では不眠に対してもよく使われています。正直なところ、薬を変えることでどのくらい生活が変わるかは想像がつきませんでしたが、とにかく2人の生活をよりよいものにしたいと手探りで進めるしかなかったのです。

手探りの投薬調整が奏功し患者に笑顔

 すると、次の外来では、お2人の様子が入室時から既に違っていました。Aさんはどこか足取りが軽く、奥様はわずかに微笑んでいます。「先生、夜もほとんど起きなくなりましたし、何より足元がしっかりして。ポータブルトイレを使わずに生活できるようになりました。そうしたら、私もトイレを手伝う必要がなくなって、夜もゆっくり眠れるようになったんです」と奥様が嬉しそうに話してくれたのです。Aさんも「よくなったよ。ポータブルトイレは、いやだから、よかったよ」とにっこりと笑っていました。

 手探りの投薬調整でしたが想像以上の変化が起きており、「よかったです!」と思わず声が大きくなったのを覚えています。夜に十分休めるようになり、日中に疲れを残さないようになったことから、次第に地元で小旅行に行くようになるなど、夫婦の時間を楽しむことができるようにもなったそうです。

 今振り返ると、Aさんは元来おしゃれが好きで、ポータブルトイレを手伝ってもらうことに引け目や恥ずかしさを感じていたのではないかと思っています。ポータブルトイレをやめることができて自信を取り戻した本人の笑顔や、奥様の安心した笑顔は、私の臨床経験の中でも大切な一場面となっています。医師にとっては「たかが睡眠薬の変更」であるかもしれませんが、患者の生活に与える影響はとても大きく、常に患者の生活に寄り添った診療が必要であることを感じた経験でした。

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