家の提供を申し出たけれど

2014-11-27 09:07:05 | 地震の周辺
 安曇野から東京に戻る日の朝の寝床の中で、 ふと浮かんだアイデア。 これから来年の6月頃まで、この家を僕が使うことはほとんど無く空き家状態になる。 白馬村では住居の全壊や半壊が発生して避難所生活を送っている方々が居る。 転居先を早くも見つけて避難所を去る人も出ているのだが、 そんな方へのTVインタビューの中では「避難所ではプライバシーも守れないし、出られて嬉しい」そんな回答をする人の映像も流れていた。 だから、「僕が借りている家を来年の6月までの条件付きで使ってもらうのはどうだろう?」 と思いついたのです。

 そのアイデアを実行するには大家さんの了承を得なくてはなりません。 朝7時を少し過ぎた頃に長野市に住む大家のMさんに電話を入れました。 

僕  : 「地震の被災者の方に家を来年の夏までを条件に
      白馬村を通じて提供する考えはどうでしょう?」

Mさん: 「タナカさんの判断で進めてくれて良いですよ」
     「貸出の手続き等、私は忙しくてタッチ出来ませんから
       タナカさんが進めて下さい 」
     「 何か進展がありましたら、その都度連絡下さい」

 大筋こんな話で大家さんはOKしてくれたのです。 そこで冷たい雨の降る中を白馬村役場に向けて車を走らせました。 到着したのは9時少し過ぎた頃、 部署案内を眺めていた僕に女性職員さんが近づき「どんなご用件で?」と聞いてくれたので「避難場所の運営などを担当している部署の方と話をさせて頂きたい」、「半年ほどの期間、家を提供しようと思って・・・」と答えると、 「総務課が担当していますから」そう言って、その窓口へ案内して下さった。 ところが、窓口の付近は人々でごった返し状態(なにやら報道関係者も多数屯しているらしい)、 総務課のデスクに居る職員さんの殆んどは忙しそう、受話器を耳にあてて対応中の人が大半でした。 窓口に並ぶ人に用件を聞いてくれる人はいない。 窓口まで案内してくれた女性からは「ここでお待ち下さい」と言われたけれど、 どのくらいの時間待ったら相談出来るか見通せない。 そこで「受付の順番待ちカードなんか無いのでしょうか?」と聞いたら、 総務課の職場の中に入って行き、綴じた書類を眺めていた職員さんに近づいて、僕の来意を告げてくれた様子。 その結果、そのような家の提供の受付は「観光課が分担してくれているから、そちらへ行けば話が進められる」と聞き出してくれ、 その観光課の場所まで案内してくれた。 庁舎の2階にあった観光課には来訪者はゼロでガラガラ、すぐに職員さんが対応してくれました。

 対応してくれた職員さん

1. 既に申し込みのあった物のリストには
   20件近くの登録がなされている。
   発生後3日でこれだけの登録があるので、
   今後益々の件数増加を見込んでいる。

2. 長野県からも県営住宅の提供の話が来ている。

3. 以上の様な状況からして、
   2つ隣の町にある物件に対して希望者が出て、
  「中を見せてくれ」、「鍵を貸して」と具体的な話が
   今日・明日に出る、 そんな状況には無い。

 そんな話をしてくれました。

 私は、ひのみのの家の様な広さの物件なら「使いたい」希望者が即座に現れ、 今日・明日にでも家を見に来る人が現れるかもしれない。 そんな状況なら明日まで安曇野での滞在を延長して話をまとめても良い。 そんな心づもりで役場を訪れたのですが・・・

観光課の担当者の話しぶりは

 白馬村村内には多数の宿泊施設、あるいは別荘などが存在しているから、被災者の仮住まいは2つもとなり町(遠隔地)の物件に頼らなくても、なんとかなるだろうと見込んでいる雰囲気がありありでした。

「来年の夏まで借家を提供したら役に立つのでは?」 その考えは僕の一人相撲だったようです。 まあ、担当の方も登録だけはしておきますからと言う雰囲気。 そんなだから、僕も登録を取りやめる事はしませんでしたが、 すぐに東京へ帰宅の途につきました。

 そして帰宅後、大家のMさんには申し込みの顛末と、今後の見込みにたいする僕の感想を添えたメールを発信しました。 多分この件はこれで終了する事になりそうです。
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