安曇野で借家-3 契約書・案のやり取り

2014-05-09 09:17:30 | 安曇野生活
 4月29日  貸家を見せてもらい、こちらから賃料を提示。
 5月2日   「貸主さんがOK」 ショージ君からメールが届いた。
 5月3~7日 ショージ君旅行へ。
 5月6日   契約書案を作成、ショージ君へ送信。
 5月9日   契約書案の内容で 動き出す事になりました。



 さあ! 安曇野で家を借りる話、 契約に向けて進んでいます。
 本当に契約を結び、前払いの家賃を支払い、借りることが出来るか?
 ワクワク・ドキドキですよ。 



 ところで貸家の契約書の書式は国土交通省のサイトにありますが、 それは使用しませんでした。 なにせショージ君とMさんとの個人的信頼関係での契約ですからね。 とは言え取り決めて置かないと借りるのは難しい、そんな部分もありますので、そこら辺を明確にした「契約書案」を僕が書いて、ショージ君に確認をお願いしたのです。

 その契約書案の内容を全文公開なんて出来ませんが、一部項目だけ貼り付けておきましょう。

6. 賃貸物件の毀損事故への対応

   甲は毀損事故に備えて適切な損害保険に加入する。
   乙および丙は善良な管理者として賃貸物件を使用・管理する。
   不幸にして焼損などの事故があった場合、
   甲は乙および丙に損害賠償を請求しない。
   
7. 賃貸物件内の残置物

   乙および丙は建物内部に存在する甲の所有に帰す物品の
   母屋内への残置を認める。
   
   ただし、残置物の管理は行わず、一切の責任は無いものとする。
   残置する物品の置き場所は甲/乙/丙 3者協議の上決定する。
   
8. 駐車スペース

   契約時点で母屋東側に第3者への駐車許可が存在するが、
   母屋東側に乙および丙用に ・・・後略・・・
 
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安曇野で借家-2 不動産屋さんの話

2014-05-08 09:03:23 | 安曇野生活
 「借家の賃料の相場」を近隣の不動産屋さんで聞いてみて・・・ そう言われても商業ベースに乗った相場と知人同士の間でのそれとは雲泥の差があるのは知っている。 何しろ大町での囲碁仲間の中には住人が亡くなった農家を一軒まるまる無料で借りている人もいる。 大町の古くからの住人には「タナカさん、オラが死んだら、俺の家に住むかね?」そんな冗談を口にする人も居る。

 一方、商業ベース(不動産屋さんの店頭)で以前に聞いたことのある話。

「田舎暮らしの雑誌などで紹介されているような一軒家の安い物件、店頭にはほとんど出ませんよ」

「そんな話の大半は個人間の信頼関係の上で貸し借りが行われている、それが実情だと思います」

「台所の設備が古い、風呂釜が使えない、壁が傷んでいる」そんな所謂瑕疵物件は借りてもらった後でクレームが付く事も多く、「後で手間暇が掛かって、仲介業者としては利益に結びつかないんですよ」

「うちで扱っている貸家の大半は街中のアパートやなんかで、周りが田んぼや林のある、いわゆる田舎暮らし風の物件は無いですね」

「もちろん別荘地の貸し物件は扱ってますが、そんなに賃料が安いのは有りませんよ」

 大町市の定住促進課で紹介を受けて50坪ほどの土地付き一軒家・2百万円の売り物件を見に行った事がありました。 まあその時は暇つぶしに行っただけで契約はしませんでしたが。 暮らせるように設備を更新するには「3百万円程度」をみた方が良いでしょう」そう不動産屋さんから言われたものです。 

 そんなあれこれの話を不動産屋さんから聞いているから、 貸主さんの言う様に、後でショージ君が不動産屋さんに行って古い農家の貸家物件の相場を調べてから賃料を話し合うなんて、「そりゃ難しい」そう判断したのです。 それで家を見せてもらった日に思い切って僕が借りるとした場合、 支払い可能な金額を提示させてもらったのです。 その金額をここで公表するわけには行きませんが大都会の貸家では存在しない金額です。 
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安曇野で借家-1 貸家の見物

2014-05-07 07:54:30 | 安曇野生活
 会社勤め生活を終止符を打って、毎日が日曜日状態の生活が始まった僕。 3年ほど前からは夏の糞暑い時期には東京を抜けだして、友人ショージ君の持つ長野県・大糸線沿線にあるヤナバの山荘を利用させてもらって夏の期間を過ごすような事をはじめました。 そんな中で途中の経緯は省くとして、今度は安曇野の風景が広がる中にある一軒家を借りる話が進行中なのです。 そんな中で見聞きした話を記してみたいと思います。

 一軒家の所有者は長野市で会社経営されているM氏。 生まれ育った元・農家の家をここ20年近くは空き家のままにしてあったそうです。 それを大学の同窓生の集まりか何かの場で「誰か信頼のおける人になら貸してもよい」とショージ君との間で話しがあったらしい。 しかし僕にとってヤナバの山荘は使わせてもらえているのだし、 近くの木崎湖を見渡せる地にログハウスを持つ大町市での囲碁仲間のH氏が居て、そのログハウスは一泊千円ほどの安い料金で都合が良ければ使わせてもらるのですから、 「是が非でも新たに田舎暮らしの拠点を必要としている」訳でもない、そんな状況の中で始まり、現在進行中の話なのです。

 決められた日時に長野市から現地にやって来てくれたM氏、鍵を開けて家の中を見せてくれました。 その家で生活していた当時の家具類も残っています。 周囲に12人程も座れそうな巨大な座卓なんかもあります。 「除霊してもらってありますが・・・」そんな仏壇も置かれています。 大きな本棚には百科事典や好きで集めたと言う民話の本などが並んでいました。 ”なんでも鑑定団”に登場出来そうな「掛け軸」もありました。 ワイシャツなどが保管されていそうな紙箱や小物も積み重なって部屋には置かれています。

 「ずーっと使っていませんでしたから、水道やガス・電気等は長いこと止めてあります」との話ですから使いはじめるにはそれなりの費用で整備が必要かと思われます。 「家を使ってもらうには最初にそれなりの費用が発生するだろう」そんな心配が顔に浮かんでいるM氏に対して、僕とショージ君は「現状のままで使わせて貰えれば結構です」室内に置かれた多くの小物類も全て撤去して貸して下さいとは言いません」 「広い家ですから、 どこか場所を決めて、そこをMさんの所有物の置き場にして貰って結構です。 ただし紛失して困るものは持ちだしてもらうと言うことで」そんな話から、最後は賃料へと話はおよびましたがM氏は言い淀んでいます。

 ちょっと触れましたがM氏とショージ君は大学時代からの旧知の仲です。 「ショージさんが地元の不動産屋さんに行って相場を聞いて、そちらから値段を言ってくれませんか」 その言葉を聞いた僕は「それではこの先話が長くなるぞ、僕が支払える金額を具体的に出してみた方が良いのではないか?」そう思って・・・

 >>> 次回に続く
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散骨の法要に参加

2014-05-06 22:17:27 | タナカ君的日常
 「散骨」 人生の終末の儀式として、そんな方法が在るのは知っていたが、実際に参加するのは初めてだった。 暑い夏の時期、涼しいヤナバの別荘で過ごす生活をする中で3年前に知り合った名古屋の隠居、 今年の春先に急逝されたという。 氏の遺言で、若き時代からの想い出深い遊びの場となった山荘の敷地に散骨する事になったとて、ご長男の方から法要への参加のお誘いの電話を受けて、僕は参加の返事をして出席させてもらいました。

 法要の参加者

 身内の方々、 趣味の麻雀仲間、 別荘地の町内会の世話役さん、別荘地で過ごす中で知り合った人々(例えば樹安亭のマスターや僕など)総勢20数名だったろうか?

 法要の場

 別荘の庭内には記念のモミジが植樹されていました。 その前に献花とおりん、そして一握りの遺灰が布の上に置かれていました。 ラジカセからは名古屋方面で法要の場で唱えられる経文が流れていました。 我が家の周辺では高野山・真言宗系の寺ですが、それとは趣の異なる経文のリズムでした。 坊さんの参加はありません。 

 法要の式次第

 特に仲良しだった同年輩の麻雀仲間の方が司会の労を取られていました。喪主のご長男から参集者への挨拶から始まった法要は散骨へと進みました。 散骨は親しい近親者、友人、知人の順で遺灰の置かれた植樹の前に進み、拝礼し葬儀の時の焼香の様なイメージで指先で一摘みした遺灰を植樹の根元周辺に散骨しました。 

 30分ほどで終了したと思います。 最後にまた喪主のお礼の挨拶、 そして散会となりました。

 その後わずかに残った遺灰を持ち、近くの湖の岸辺で最後のお別れをしました。

 その時に聞いた言葉の数々


「おじいちゃん、車の免許取りました」
         << ほう 良かったね

「大学受験合格できるようにおねがいします」
         << もう神様仏様ですものね

「俺も後から行くから、待ってて・・・」
         << 判るな、その気持

「この湖で大きな魚を釣らせて下さい」
           << ちょっと欲張り

 ちなみに僕の言葉は
   「今年の夏は寂しくなります」 でした。


以上 2014/5月5日の事でした.。

  
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5月3日の渋滞

2014-05-04 14:45:57 | 国内旅行と山歩き
5日の日に佐野坂にある別荘で予定されている名古屋の隠居の散骨の催し、それに参加すべく又々長野にやって来ました。 その道中の渋滞の酷いったらありゃしない。その様子を書いて置きます。

5月3日連休後半の初日、下りの高速道路の渋滞は前々から予測されていた。 「午後になったら少しは渋滞もおさまるだろうから, それからヤナバに向けて出発しよう」 そんな心積もりでいたけれど、 昼食済ませた後に道路状況を確認しても、はかばかしく改善していない。 相変わらず相模湖辺りを先頭に20Km近い渋滞が残っている。 高速道路の渋滞情報では事故や故障車に依る渋滞も散らばっているのが見える。 高速道路には普段あまり車に乗らない人が大勢押し掛けている様子が見て取れる様です。

渋滞の先頭相模湖IC付近まで国道20号線で行くのが正しい選択か? そう思って家を出発したのが13:30。 高尾駅付近で酷い渋滞が始まりました。 そこは圏央道「高尾IC」入口に出る迂回路を使って、なんとかパス。 そこで高速道路に入れば正解だったのに、大垂水峠に向かう道路に車の列が見えなかったものだから、そのまま峠方向へ車を進めてしまいました。 暫くはそれなりのスピードで走れたので「よしよし」そう思ったものの峠の少し手前で渋滞後尾に並んでしまいました。

それから相模湖駅前までの区間は人の歩くスピードで走っては止まりの繰り返しを何遍したことか。 結局「相模湖IC」から高速に乗れたのは 16:30を過ぎとなりました。 その後は比較的順調に走れ、大町市はまだ空に明るさの残る19時少し前に到着。 着後、アルプス囲碁村会館でお世話になっているSさんと落ち合って今年度分の会費を手渡し、一仕事終了させることが出来ました。 それにしても疲労感たっぷりの旅の出だしとなりました。
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安曇野・池田町で借家

2014-05-03 11:36:18 | 安曇野生活
 先日の安曇野での用足しの中身は大町市の南に隣接する池田町の古い民家を借りる話だったのです。 池田町は大町市の南、安曇野市の東側に隣接し、北アルプスの展望に優れた位置にあります。写真は同町にある「北アルプス展望美術館」からの眺めですが、左端には常念岳、中央手前に頭が平らな有明山、右端に餓鬼岳が並んでいます。

 所で借家の話ですが、 いつもヤナバの山荘で世話になっているショージ君から、 「知り合いの持ち家が20年近く空き家状態になっている」 「誰か信頼出来る人が居れば貸したいらしい」そんな話があったのは今年の正月の事でした。 それに対して「興味ありますね・・・」と答えておいた僕に 「家を見せてもらえる事になったけど、どうですか?」と話があったのが3月、 その後日程の変更があったりしましたが、4月の末に見に行って「これこれの条件で貸して頂けるならお借りしたい」と安い賃料をこちらから申し出たけれど、その場で直ぐにOKの返事は頂けませんでした。 持ち主の方はこちらからの提示条件を家に持ち帰って奥さんと検討され 「貸出OK」 の返事が5月に入ってからあったのです。

 家は昔の農家、母屋の他に農作業小屋、外便所、物置小屋、隣接して畑などがあります。 母屋の中には長押に神棚、提灯を納める紋の付いた収納ケースなどが並んでいたりします。 まあ僕が借りることになるのですが、「これなら外国からの留学生に日本の古い民家でホームステイの体験をさせてあげられる」などとショージ君の方が活用に前向きです。

 しかし、普通のイメージで生活出来る状態に設備を復旧させようとしたら、かなりの金が掛かりそう。 僕が使うのは多分暑い夏の1ヶ月ほどの期間、 だから内心では「飲料水は蛇口の付いた大きなポリタンクに沢から水を汲んできて使用する」、「炊事の煮炊きは卓上コンロを使用」、「電気は太陽光発電パネルとバッテリーで、夜間必要最小限の明かりを得る」 つまり「テントを使った寝泊まりのテントが古い屋根付きの家」 そんな感覚で使い初めて見ようと想っているところです。

 それから寝具はきちんとしたのを僕の分だけは持ち込みますけど、 泊まりに来るお客さんには毛布かシュラフを持参してもらいますかね。

 正式な契約はこれからです、この先どうなりますか・・・
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プチ・わらしべ長者

2014-05-02 17:40:31 | タナカ君的日常
 昔物語に「わらしべ長者」なんてのがありますね。 それは一本の稲わらの軸を持った人が、それを出だしに次々とより価値のある物(人の欲しがるもの)へと交換して長者(金持ち)になる話です。

 今回の山菜偵察では「偵察」と言いながら結構な量の山菜を持ち帰り、 それを友人や囲碁仲間に分けてあげたところ、様々なお返しをいただきました。 普通の表現で言えば「物々交換」なのだが、実は皆さんに分けてあげた山菜の大半は津南町の知人Oさんからの戴き物でした。 安曇野から津南に向かう日に大町で自分の飲み分と思って4合壜の地酒を2本購入していたのです。 津南の宿に向かう途中、知人のOさん宅に立ち寄って「フキノトウでも採れればと想って、遊びに来ました。 今夜は渓泉荘さんに泊まります」そう挨拶して酒を渡して来たのです。

 そしたら翌朝、朝食前の時間に電話が入って「タナカさん今朝山菜を採ったので、持って帰って下さい。今から行きます」と。 そして宿にやって来たOさんから渡された山菜は食べきれないほどの山ウド、ウルイ、コゴミでした。

 ふきのとうが入っていなかったのは「タナカさんから自分で採る楽しみを奪っては悪い・・・」そんな想いでもあったためではなかろうか。 そんな訳でのんびりフキのとうだけ摘んで帰ってきたのです。

 1本の酒が数々の山菜となり、その山菜が夏みかん、釘煮、タイの調味料、カナダ産のぶどう原液、栽培もののウド、 竹の子などの食品となって戻って来たのです。 なんだか「プチわらしべ長者」気分の物々交換のお話でした。

 偵察といえばわらびの事にちょいと触れておきましょう。
中綱湖周辺では陽当りの良い場所に小さく頭をもたげていましたけれど、 新潟ではまだまだ先の話のようでした。
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中綱湖の桜

2014-05-01 21:24:38 | タナカ君的日常
 「4月の下旬に来てご覧なさい、中綱湖の桜、良いですよ!」ヤナバの山荘のご近所さんから、そんな話を聞いたのは何時だったか? 安曇野での用足しのついでの4月29日に見てきました。 たまたま見頃の時に訪れる事が出来たのですが。 畑仕事をしていた民宿のお母さんからは 「ここの桜のこと、どうして知ったんですか?」「数日前にはまだ花の状態が今一つ、 丁度良い時に来ましたね」 と言われました。

 植えられている桜はピンク色のやや濃い品種、 まあ桜の種類の事よりも、湖面に映る様が写真の被写体に良いってことでしょうか。 湖畔には千国街道・塩の道も通っています。 ウオーキングの団体さんも通りすぎて行きました。
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