小樽のパパの子育て日記

日々のできごとを徒然なるままに2006年から書いて18年目になりました。
ヤプログから2019年9月に引越し。

JR北海道の2023年度線区別収支

2024-07-04 06:16:08 | 小樽

今朝の北海道新聞に掲載されていたJR北海道の2023年度線区別収支。

 

札幌圏4区間が改善したものの、存続を前提に見直しを進める8区間(通称・黄色線区)は赤字幅が拡大。

利用客回復の動きが弱い上、燃料や資材の高騰。

黄色線区だけで148億4500万円の赤字とは。

路線維持への先行きは暗い。

 

 

個人的感想

①全区間で赤字。ドル箱路線と言われる札幌・新千歳間、小樽・札幌間も札幌圏4区間として一括りで発表すれば赤字なのだな。
②黄色線区の宗谷線(名寄〜稚内)、根室線(釧路〜根室)の輸送密度200人台は、改めて数字をみるとつらいなあ。
(ちなみに品川~田端 720,374人。国鉄時代に廃線してバスに転換する基準=4000人)
③赤字額が前年度より60億8400万円縮小したとはいえ、営業損益が全区間合計で598億7600万円の赤字とは、あまりにも巨額だ。
④北海道新幹線も新青森〜新函館北斗だけで116億円の赤字とは驚き。札幌までつながると、どうなるのだろう。
⑤輸送密度を眺めていると、北海道の人口構造がいかに札幌圏に一極集中しているかを思い知らされる。

 

総括

赤字額は縮小したものの、JR北海道の経営は依然として厳しい。

 

 

 

 


伝統や文化を連綿と受け継いできた人々の営みが今の小樽をつくっている

2024-06-28 07:02:05 | 小樽
今朝のランは長橋方面へ 40分。
日差しがまぶしい朝、たっぷりと汗をかいた。



帰宅して新聞を広げる。
この若い記者は、初任地が小樽だという。
(初任地が小樽って、アタリなのかハズレなのか)

小樽の情景に不思議な魅力を感じるという記者は、

風景は立体的だ

伝統や文化を連綿と受け継いできた人々の営みが今の小樽をつくっている

着任わずか2ヶ月で小樽を的確に捉えている。
そのとおりだと思う。


まちの息遣い、しかと伝え記してほしい。




Yummy市(Otaru Next 100実行委員会)

2024-06-27 07:15:00 | 小樽
北運河で展開するYummy市(ヤミ市)


一昨年の小樽市制100周年記念事業として始まり、昨年は小樽運河竣工 100年記念事業として実施。

今年は旧北海製罐第三倉庫竣工100年を記念して9月13日から9月22日までの10日間開催。

主催は若者たちでつくる
Otaru Next 100実行委員会だ。

様々なメンバーが集い小樽を盛り上げようとする自主的で献身的な取り組みを影ながら応援したい。


昨年の様子




















クルーズ船が見えた

2024-06-26 06:24:00 | 小樽
昨日の朝。
朝ランは、北運河方面をぐるっと回って40分。
 
小樽駅前通りの向こう、海から旭が上がる。
 


 
色内埠頭公園に行くと、大きな船が見えた。

 
ちょうど接岸するようだ。
行ってみよう。


第3号埠頭のクルーズ船用に整備された新岸壁に、お尻から入っているのは、マルタ船籍ハンセアティック・スピリット15,651t。
奥尻から来て、翌日利尻へ発つ行程のようだ。

見に来ている市民もちらほら。
歓迎クラブの方たちかな。

もう少し待って、下りてくる人たちを歓迎したいところだが、残念ながら時間がない。
胸の中で唱えながら家に戻った。
ようこそ小樽へ!

 

 

 

ーーーーー

〜小樽港に入港するクルーズ船の歓迎に参加しませんか〜

小樽に毎年寄港する国内外のクルーズ船。
乗船客からは、地元の人たちによる温かい歓迎や交流が大変喜ばれています。
そこで、市と小樽港クルーズ推進協議会では、市民の皆さんにも客船の出迎えや見送りなどに参加して乗船客との交流を楽しんでいただきたいと、「小樽クルーズ客船歓迎クラブ」を設立しました。
皆さんもクルーズ船の出迎えや見送りなどに参加して、乗船客との交流を楽しんでみませんか?

小樽クルーズ客船歓迎クラブ | 小樽市

見送りの様子 

 

 


中央市場

2024-06-25 05:23:05 | 小樽
国道沿いの中央市場に囲いがされていて、




余市側から見ると、中で解体工事が進んでいた。

油圧ショベル3台で解体をこなす。

油圧ショベル、パワーショベル、ユンボ、バックホウ。
呼び名は、何が正解かは分からないが、それぞれに異なる形状の爪を持ったショベルが、水をかけながら建物を壊していく。

67年前の昭和32年に完成した建物が役目を終え、あっという間に瓦礫となっていく。

いつかこの日が来ることは、分かっていたことだとはいえ、実際にその現場に立ち会うと、複雑な感情が押し寄せてくる。
たとえ殴られても、引っかかれても、えぐられても、コンクリートが痛みを感じることはないと分かっていても...

小樽駅にほど近く、立地条件の良い土地だから様々な需要があるだろう。
さて、何になるのだろう。
ーーーーーーーーーー
小樽中央卸市場が閉鎖へ 76年の歴史に幕 土地・建物は売却(出典:北海道新聞)
不動産開発のアルファコート(札幌)が、小樽中央卸市場(稲穂3)の土地と建物を取得したことが分かった。
建物を管理していた小樽中央卸商業協同組合は、施設の老朽化や組合員の高齢化を理由に同社への売却を決め、9月末で解散した。
入居中の7店は来年3月末までの退去を求められており、開設から76年になる老舗市場は来春には姿を消すことになる。
■跡地利用「現時点で未定」
アルファコートが10月31日付で取得したのは、土地約680平方メートルと、1957年に完成した鉄筋コンクリート造り4階建ての建物。
建物の延べ床面積は2680平方メートルで、1、2階は店舗兼住宅、3、4階は約30戸分の賃貸住宅として使われてきた。
建物の東側にほぼ同じ形で3棟並ぶ小樽中央市場とは別。
小樽中央卸市場は、樺太などからの引き揚げ者が戦後間もない47年に開設。
食品や日用雑貨品の仲卸業者が商品を卸すほか店頭で販売もし、多くの市民が利用してきた。
長年、同市場を利用している小樽市の主婦、飯田和枝さん(77)は「昭和のころは、買い物客が多くて通路を歩くのも一苦労だった」と懐かしむ。
しかし、近年は、コンビニエンスストアやスーパーなどとの競争激化で来店客が減少。
ピーク時に20店で構成していた組合も経営難や後継者不足により、7店まで減った。
建物の老朽化は著しく、昨年には外壁が剥がれ落ちたことも。
組合の元理事は「各店舗の売り上げが落ちる中で、改修や改築などの資金の捻出は難しかった」と存続を断念し、売却を決めた理由を打ち明ける。
現在ある7店舗は、アルファコートと個別に契約して当面営業を続けるが、来年3月末までには退去する。
賃貸住宅に入居していた8世帯はすでに移転済みという。
アルファコートは、建物を解体するかどうかを含めた跡地利用について、「現時点で決まっていることはない」としている。
ただ、国道5号沿いでJR小樽駅からも近く、まとまった広い土地であることなど、再開発には好条件がそろっており、市内の不動産業者は「マンションやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)など、再開発の需要は高い」と見る。
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出典:北海道建設新聞
ちなみに、

川村 裕二氏/アルファコート 社長 | 月刊クォリティ

本社移転で事業領域拡大へ札幌・千歳市で賃貸MS・ホテル開発推進川村 裕二氏アルファコート㈱ 社長 24年3月に創立20年を迎える「アルファコートグループ」。 23年5月...

月刊クォリティ

アルファコートの社長さんは、積丹町出身で小樽潮陵卒という。
そうと聞けば、なんだか勝手に親近感が湧いてくるなあ。


今朝の様子。



解体は順調に進んでるようだ。





桜町の喫茶店

2024-06-21 02:54:00 | 小樽
桜町の国道沿いにある喫茶店。
はじめて入りました。
 
 
ハンバーグ&ナポリタンセット

 
眺めのよい雨上がり。
 
窓際の席からは、丘の上に建つ銀鱗荘、南防波堤、熊碓海岸を走る電車がすぐ眼の前に見えました。
 
 
イッタラのカップで提供された食後のコーヒーも美味しかったです。
ごちそうさまでした。
いただきませんでしたが、ケースの中に並んでいたケーキ類も美味しそう。
今度食べてみよう。



美味しい小樽のランチ

2024-06-14 07:38:42 | 小樽
今朝のランは勝納を回って40分。
肌寒い朝でした。


最近食べたもの。

てっらのパスタランチ。

プレスカフェのランチ。

盛り付けが美しい。


このコーヒーとプリンの組み合わせがたまらない。



エグビブのクロワッサン。
桃岩の眺望と一緒にいただく。
車の中で食べると大変なことになるから。



ハード系の定番、酔っ払いのフルーツパン。


これがあるときは必ずこれを買う。



クロワッサン 334円
酔っ払いのフルーツ パン 1836円

美味しいのだけど、庶民にはちと高い😱

自分へのご褒美として。




朝ランで小樽公園

2024-06-13 06:43:00 | 小樽
朝ランで小樽公園。






昔この門の左側にこどもの国で使える利用券を売っていた。1枚30円だつたはず。
観覧車、ゴーカート、コーヒーカップの回るやつ、フワフワなどがあった。
市営で運営していた懐かしい時代。


※グーグル先生に教えてもらった。
遊戯施設使用料金
ゴーカート 遊戯券3枚
望遠鏡10円
親子パンダ 3枚
バッテリーカー50円
ムーンロケット2枚
回転式遊具100円
コーヒーカップ2枚
観覧車2枚
ままごとの家(1時間)300円

●施設利用の遊戯券は1枚30円、回数券は11枚で300円です。
●3才児以下は、無料です。但し父兄の同伴が必要となります。
●残券の払い戻しはいたしません。

「こどもの国」は、小樽公園内の東側に位置し、昭和45年に開園しました。観覧車やフラワーカップなどの動力遊具のほかヤギやウサギなどのいる小動物園があり、多くの市民の皆さんが利用していましたが、近年は、施設の老朽化が進み維持が困難となり、平成18年10月に閉園しました。(小樽市HPより)



ここで花見と称して、ジンギスカンやったなあ。


海が旭に照らされ光っていた。


小樽公園はリニューアルする予定。




長橋、石山、浄応寺方面へ朝ラン

2024-06-11 07:37:00 | 小樽
今朝のランは、長橋、石山方面へ50分。
朝の空気の感じが、だんだんと夏らしくなってきた。


長橋2丁目の丘の上から桜陽高校をむ。




塩谷丸山が見えた。


上まで登ってきた。
この道は小樽じゃないみたい。


石山方面へ下ると、眼下に海がみえた。
小樽らしい風景だ。


浄応寺のほうへ下る。


浄応寺の石垣。
こんなに高かったっけ。
お城並みに立派だなあ。



浄応寺にまつわる話が小樽市HPに掲載されている。






秋になると銀杏がきれいな境内。
新緑もいいね。


この柳はいつ見ても立派だなあ。

坂をヘトヘトになりながら駆け上がった。



現在、色内小学校跡に道営住宅が建設中。
基礎はもう終わったのかな。
工期は来年3月までで、来春には入居が始まるようだ。



小樽駅方面へ坂を下って帰る。
いい汗をかいた。
帰宅して体重計に乗ったら75.5kg。
今シーズン記録。
3月に走り始めて3ヶ月で5kg落ちた。
例年のペースだね。

さあ、今日も頑張ろう💪






旭展望台から日和山灯台が見えた

2024-06-07 07:37:24 | 小樽
今朝のランは、旭展望台まで40分。


この景色を見ることができるのだから、えっちらおっちら20分かけて登ってくる甲斐もある。


海に太陽の光が漏れてキレイだ。


こんなことをして遊んでみる。


フォトフレーム、これはここにあっていい。



祝津、高島、赤岩方面を臨む。


ここから祝津の先端、高島岬に建つ日和山灯台が見えるのだなあ。





拡大してみると、


かもめヶ丘団地の奥にあった!


誰もいない 駐車場。
去年建てたバイオトイレが新しくて目立つなあ。


給水施設、通称ライオンの口。
タイマーで朝9時から夜5時まで水が出る。

水道水をポンプアップしているので 飲み水としても使えるのだが、鳥糞あるから、ちょっとためらうかも😖


ニース≒クマウス

2024-06-06 07:38:25 | 小樽
今朝のランは平磯岬まで60分ちょっと。


途中でパシャリ。
右手にグランドパーク小樽、左手にヨットマリーナ。
絵になる場所だが、今日はあいにく曇天で暗い朝。


東小樽の風景。
岬の向こうから電車が走ってくるのを、ここでみることができるとラッキーと思う。
ガタゴトと近づいてきて、ピーッと警笛を鳴らしてトンネルに入り小樽築港駅へと向かう。

子供の頃、熊碓の海水浴場には仮設の踏切があって、麦わら帽子をかぶったおじさんが座っていた。
踏切を渡って海水浴場に行き、浜茶屋でおでんを食べたものだ。
この辺りのことを熊碓という呼び方も、今は聞くことがめっきり少なくなった。


20代の頃に訪れた南仏ニースの写真を取り出してみる。
鏡で反転してみると、岬のつき出た感じがやっぱり似ている。
自分の中では、ニース≒クマウスだ。



自宅からこの青看を目標にして走ってきて、ここで折り返す。



本日、南防波堤には釣人5名。



国道5号を戻って帰宅、風呂にざぶんと入りスッキリ。

今日も頑張ります💪

済生会

2024-06-04 06:02:54 | 小樽

整形外科でいつも受診している済生会病院だが、そもそも済生会ってどういう組織なのだろう。

恩賜財団というのだから、皇族になんか関係があるのかな。

漠然としていた疑問がHPを見ることで理解することができたので、以下、自分用メモとして。

ーーーーーーーーーーーー

済生会の理念
済生会は、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと明治44(1911)年に設立。
100年以上にわたる活動をふまえ、日本最大の社会福祉法人として40都道府県で医療・保健・福祉活動を展開。
403施設・435事業を運営し、64,000人が働く、日本最大の社会福祉法人。
全国の施設が連携し、ソーシャルインクルージョンの推進、最新の医療による地域貢献、医療と福祉のシームレスなサービス提供などに取り組む。
40都道府県で、病院や診療所などの医療機関をはじめ、高齢者や障害者の支援、更生保護などにかかわる福祉施設を開設・運営。
巡回診療船「済生丸」が瀬戸内海の53島の診療活動に携わる。

済生会の三つの活動目標
■生活困窮者支援の積極的推進
済生会設立の目的は、生活に困っている人を医療で助けることです。
生活保護受給者をはじめ、経済的に困っている人の医療費を無料にしたり減額したりする「無料低額診療事業」を積極的に行っています。
令和4年度は延べ200万人が対象となりました。
済生会生活困窮者支援「なでしこプラン」を実施しています。
対象者をホームレスやDV被害者、刑務所出所者、外国人等へも広げ、訪問診療、健康診断、予防接種等を無料で行う事業で、令和4年度は延べ20万人に実施しました。事業名の「なでしこ」は本会の紋章に由来しています。
さらに、済生丸が離島を回って診療を行う瀬戸内海巡回診療など、離島やへき地での医療にも力を注いでいます。

■最新の医療で地域に貢献
済生会は、いのちの面から地域を支えます。最新の医療機器、高度な技術、手厚い看護。超急性期から亜急性期、慢性期・リハビリと段階に合わせて対応し、常に患者の立場に立った医療を提供します。災害時には地域を越えてスタッフを派遣。救命救急から慢性期、そして生活再建に向けた心のサポートまで、緊急時も段階に合わせた支援活動を展開しています。

■医療と福祉、切れ目なく
医療と福祉は密接な関係にあります。済生会は医療・保健・福祉を総合して提供できる団体です。全組織が連携し、施設・設備・人というすべての資源を動員して切れ目のない、シームレスなサービスを提供しています。
そして、高齢者や子どもたち、障害者が当たり前にその一員となり、共に生きる地域づくりに貢献します。

 

済生勅語とは
『済生勅語』とは、明治44年2月11日、桂太郎総理大臣を御前に召し、「医療を受けることができないで困っている人達に施薬救療の途を講ずるように」とのご趣旨で、ご下賜金150万円とともに明治天皇より賜った勅語のことです。

朕惟フニ世局ノ大勢ニ随ヒ國運ノ伸張ヲ要スルコト方ニ急ニシテ經濟ノ状況漸ニ革マリ人心動モスレハ其ノ歸向ヲ謬ラムトス政ヲ為ス者宜ク深ク此ニ鑒ミ倍々憂勤シテ業ヲ勸メ敎ヲ敦クシ以テ健全ノ發達ヲ遂ケシムヘシ若夫レ無告ノ竆民ニシテ醫藥給セス天壽ヲ終フルコト能ハサルハ朕カ最軫念シテ措カサル所ナリ乃チ施藥救療以テ濟生ノ道ヲ弘メムトス茲ニ内帑ノ金ヲ出タシ其ノ資ニ充テシム卿克ク朕カ意ヲ體シ宜キニ随ヒ之ヲ措置シ永ク衆庶ヲシテ頼ル所アラシメムコトヲ期セヨ

私が思うには、わが国は世界の大勢に対応して、国運の伸長を急務としてきた。経済情勢はようやく改まったが、国民の中には考え方を誤る者も出てきた。政治を預かる者は、動揺する人心を考慮して、これに十分な対策を講ずる必要がある。勧業と教育に意を用い、国民の健全な発展に尽力しなければならない。もし、国民の中に頼るべきところもなく、困窮して医薬品を手に入れることができず、天寿を全うできない者があるとすれば、それは私が最も心を痛めるところである。こうした人々に対し無償で医薬を提供することによって命を救う「済生」の活動を広く展開していきたい。その資金として皇室のお金を出すことにした。総理大臣はこの趣旨をよく理解して具体的な事業をおこし、国民が末永く頼れるところとしてもらいたい。

 

明治天皇は、「済生勅語」で救済する対象者を「無告の窮民」と例示しています。無告の窮民とは、極貧にあえいでいることを自分の代わりに誰かに訴えてくれる身寄りがいない人、つまり訴えるすべすら持たない困窮者と言う意味です。その人たちに目を向けよう、「済生」しようというのが勅語の主旨です。
当時はそのような極貧の人たちがたくさんいました。しかし、新憲法下、経済の発展に加えて社会保障制度が充実し、確かに一時、生活困窮者は減りました。そのため、「施薬救療」の精神を現代に生かしている無料低額診療制度はその重要性を失い、無料低額診療事業を存立の根幹としている済生会は危機を迎えました。しかし、さらに時代は進んで現在に至り、社会の困窮はその様相を変えながら、むしろ広がっています。
済生会は新しい貧困のかたちに対応した生活困窮者支援事業を「なでしこプラン」と名付け、平成22年度から実施しています。生活保護受給者にとどまらず、ホームレス、刑務所出所者、DV被害者、外国人、独り暮らしのお年寄り等、対象をすべての「末野の小草」(撫子)に広げて支援を続けています。

済生会は明治天皇の「済生勅語(さいせいちょくご)」に基づき創設されました。勅語は天皇陛下が口頭で公的に述べられるお考えです。現在で言えば「おことば」に当たりますが、当時、国権は天皇陛下にあり、勅語はそのまま国の方針となりました。社会に増えた生活困窮者である「無告の窮民」に無償で医療を行い、それによって生(いのち)を済(すく)おうというのです。そうした活動をする団体を設け、長く困窮者の寄る辺とするようにと時の桂太郎総理大臣に命じ、その資金の一部とするよう私的なお金を下賜されたのです。
桂総理は当初、名称を天皇陛下からいただいたという意味の「恩賜財団(おんしざいだん)済生会」としておうかがいしました。しかし、天皇陛下は「済生の事業は天皇と国民が一緒になって行うのだから、皇室だけが先行するような恩賜財団は適当ではない」と、お許しになりませんでした。桂総理はいったん下がって、後日、「恩賜財団済生会」と「恩賜財団」を小さく2行に分けて組み文字にし、目立たないように表記することでやっとお許しがありました。
「済生」の意味は中国の古典に由来します。「済」は「すくう」で、「生」は「いのち」です。そして「生」はその語通り「命」ですが、同時に「民草=国民」の意味もあります。さらに「繁栄」の意味も込められています。つまり、「生」とは「国民の生命と繁栄」をさすのだと伝えられています。
皇室には代々、施薬(無償で薬を施すこと)救療(無償で治療すること)によって国民を救済する伝統があります。古くは、聖徳太子が難波(大阪)に建立された四天王寺に併設の「施薬院」「療病院」「悲田院」があり、代々、医療のみならず常に民草の生活を案じて慈恵救済を行ってきました。明治天皇の「済生勅語」も、その伝統の流れにありますが、さらに明治期に日本に入ってきた「慈善」という西洋の考え方を取り入れたのではないでしょうか。皇室の伝統に加え、「済生」を国民全体の活動にしていきたいとのお考えがあったことが、この表記のエピソードからうかがわれます。
戦後、済生会は財団から社会福祉法人に変わりましたが、明治天皇のお志を決して忘れないようにと、「社会福祉法人恩賜財団済生会」を正式名称としています。

病院長あいさつ(HPより)

済生会小樽病院は急性期一般病棟、地域包括ケア病棟、回復期リハビリテーション病棟、重症心身障がい児(者)病棟からなる、総病床数378床の地域密着多機能病院です。
地域ニーズに特化した15診療科が急性期から回復期まで切れ目のない、一貫した医療を提供しています。中でも整形外科は、小樽・後志2次医療圏の運動器の外傷・救急医療、変性疾患、スポーツ障害の中心的存在です。消化器を専門としつつ、幅広い内科疾患を診る内科・消化器内科、認知症やパーキンソン病など様々な神経疾患を診る脳神経内科、がんや心不全の緩和医療を行う緩和ケア内科は当院の強みです。また、「みどりの里」は、重い障害を持つ方々の、治療と生活の場です。済生会小樽病院は医療・福祉・介護を一体的に提供し、街づくりにも寄与する、地域医療の最前線に立つ病院です。
 済生会は、近接する大型商業施設ウイングベイ小樽、行政、小樽商科大学などと連携し、障害を持つ方、社会的に弱い立場にある方を社会の一員として支えあう街づくり(済生会ウエルネスタウン構想)に取り組んでいます。病院内から移転した地域包括ケアセンターによる地域住民の生活支援、買い物リハビリをメニューに取り入れた新型ディサービス、商業施設内ウオーキングコースを利用した生活習慣改善プログラム、児童発達支援事業「キッズてらす」、就労継続支援事業「ぷりもぱっそ」、フードバンク、過疎地支援などの多種多彩な事業を展開しています。今年度中には保健所などの行政機関の移転も予定されており、福祉の街づくりという方向性がより明確になるのではと期待しています。
 本年、済生会小樽病院は創立100年という節目の年を迎えます。地域の皆様が真に求める医療を提供し、健康を守ると同時に、人口減・少子高齢化に悩む小樽の再生、活力のある街づくりに参画するのが済生会小樽病院の次の100年の使命と考えます。当院の理念は「かかって良かったと思う病院。働いて良かったと思う病院。地域と共に歩む病院。」です。理念のもと、最高の病院づくりを目指しスタッフ一同尽力して参ります。

令和6年4月

ーーー

端的で取組が分かりやすい。

 

以下、雑感

済生会は40都道府県で病院や福祉施設を運営しているが、北海道では小樽だけにあるのだなあ。

正式名称は、社会福祉法人恩賜財団済生会支部北海道済生会小樽病院。(ながっ)
今年、創立100年とは知らなかった。

手宮から築港に移転という大事業を断行し、築港地区で関係機関と連携しながらウエルネスタウン構想を実現する。
小樽の福祉・医療を切れ目なく支える、実行力のある組織という印象。
済生会のない小樽の医療体制なんて、もはや想像もできない。
小樽市にとっては、済生会様々なのかも。

 

ちなみに、社会福祉法人恩賜財団済生会の総裁は秋篠宮皇嗣殿下です。
ははーm(_ _)m

 

 

 


小樽市保健所 三号市 保健所政令市

2024-06-02 04:51:09 | 小樽
小樽市の保健行政 令和5年度版
こんな冊子があるのですね。
保健所の沿革が載っていた。

明治2年 兵部省小樽役所病院を設立とある。
へえー。
兵部省なんて役所があったのですね。
初めて聞いたよ。



旧保健所法の制定が昭和22年、それを受けて、昭和23年に道立小樽保健所が小樽市に移管され、小樽市保健所として誕生したのだな。
小樽市医師会など関係する団体も、当時は相当な力があったのだろうと推測する。

素朴な疑問がわいてきた。
そもそも保健所って、何をする役所なんだろう?
グーグル先生に尋ねてみたところ、地域保健法第6条及び第7条に規定されていた。
ーーーーー
地域保健法
第六条 保健所は、次に掲げる事項につき、企画、調整、指導及びこれらに必要な事業を行う。
一 地域保健に関する思想の普及及び向上に関する事項
二 人口動態統計その他地域保健に係る統計に関する事項
三 栄養の改善及び食品衛生に関する事項
四 住宅、水道、下水道、廃棄物の処理、清掃その他の環境の衛生に関する事項
五 医事及び薬事に関する事項
六 保健師に関する事項
七 公共医療事業の向上及び増進に関する事項
八 母性及び乳幼児並びに老人の保健に関する事項
九 歯科保健に関する事項
十 精神保健に関する事項
十一 治療方法が確立していない疾病その他の特殊の疾病により長期に療養を必要とする者の保健に関する事項
十二 感染症その他の疾病の予防に関する事項
十三 衛生上の試験及び検査に関する事項
十四 その他地域住民の健康の保持及び増進に関する事項

第七条 保健所は、前条に定めるもののほか、地域住民の健康の保持及び増進を図るため必要があるときは、次に掲げる事業を行うことができる。
一 所管区域に係る地域保健に関する情報を収集し、整理し、及び活用すること。
二 所管区域に係る地域保健に関する調査及び研究を行うこと。
三 歯科疾患その他厚生労働大臣の指定する疾病の治療を行うこと。
四 試験及び検査を行い、並びに医師、歯科医師、薬剤師その他の者に試験及び検査に関する施設を利用させること。
ーーーーー
「地域住民の健康の保持及び増進の事項について、企画、調整、指導及びこれらに必要な事業を行う」
守備範囲ひろっ!
地域保健、栄養、食品衛生、環境衛生、医事薬事、保健師、公共医療、母性・乳幼児・老人保健、歯科、精神、難病、感染症、衛生試験検査、
と所掌する事務は、多岐にわたる。
この多岐にわたる事務を所掌する保健所は、基本的には都道府県、政令指定都市、中核市に置かれるのだが、それ以外の市にも例外的に設置できるようだ。
地域保健法第5条にそれが規定されている。
ーーーーー
地域保健法
第五条 保健所は、都道府県、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市、同法第二百五十二条の二十二第一項の中核市その他の政令で定める市又は特別区が、これを設置する。
ーーーーー
どこの市に保健所を置くかは、政令に委任されている。(つまり内閣が決定できる)
その政令をみてみる。
ーーーーー
地域保健法施行令
(保健所を設置する市)
第一条 地域保健法(以下「法」という。)第五条第一項の政令で定める市は、次のとおりとする。
一 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市
二 地方自治法第二百五十二条の二十二第一項の中核市
三 小樽市、町田市、藤沢市、茅ヶ崎市及び四日市市
ーーーーー
原則的には、都道府県のほか、政令市、中核市までが保健所設置市となる。
北海道の場合には、札幌市、旭川市、函館市がそれに当たる。
しかし、いわゆる「さんごーし」として全国に5市だけが指定されており、その内の一つが小樽市だ。
ーーーーー
(ウィキペディアより)
現在は、地域保健法施行令第1条で、政令指定都市(第一号)、中核市(第二号)、第三号で個別に北海道小樽市、東京都町田市、神奈川県藤沢市、同茅ヶ崎市及び三重県四日市市が指定されている。これらのうち、第三号によって指定されている市(以下「三号市」とする)に限り「保健所政令市」と呼ぶ場合もある(狭義)。

三号市については、当初は工業都市などにおいて公害・労働災害が深刻化し、都道府県レベルではなく市の単位できめ細やかな対応が必要とされたために設けられるケースが想定されていた。四日市市、兵庫県尼崎市、同西宮市、福岡県大牟田市などが該当したが、このうち尼崎市・西宮市は中核市に移行し、大牟田市は2020年(令和2年)4月1日に指定解除された。近年は人口増や住民サービス向上を理由とした指定が増えており、町田市、藤沢市、茅ヶ崎市などがこれに該当する。
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現在、小樽市に保健所が設置されていることは、全国的にみれば異例なのだと分かる。
昭和22年に保健所法が制定された当時、小樽市は全国でも有数の人口を誇る都市であった。
伝染病の流行などがあり、港町という特有の事情も考慮されたに違いない。
保健所を置くことにより、きめ細かな住民サービスにつながるものの、一方で、これを維持する経費は、それなりにかかるだろう。
高齢化により生産年齢人口が減少し、財政基盤が脆弱な小樽市にとって、保健所を維持し続けることは、市民に負担を強いることにもなる。
しかし、保健所がなくなれば、一層過疎化が進んでしまうだろう。
非常に難しい問題だ。
小樽市と同じ3号市であった福岡県大牟田市は、令和2年に保健所を返上した。
それに関するレポートを見つけて読んでみた。
市町村と都道府県の事務配分② -<大牟田市における「保健所政令市」指定解除の事例から-
https://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2022/03/report198_07.pdf

このレポートの一節を紹介する。

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保健所は、いうまでもなく地域住民の健康を守る重要な拠点であるが、これを設置・維持し続けるためには、一定以上の都市規模、財政規模が必要となる。もっとも、都市自治体がこれらのコストを負担しても、基礎的自治体として一元的かつより細やかな保健福祉サービスを提供するために、保健所を設置することの意義は十分にあるものと思われる。一方で、住民の生命に直結するがゆえに、十分な体制を構築できるという見通しがないということであれば、今後の市保健所のあり方を抜本的に検討することにも意義があるともいえる。保健所は、日常的な業務にくわえ、予見しがたい感染症等への対応も担うことから、専門性をもつ人員の確保等については一定の「冗長性」も必要となろう。
大牟田市の事例はあくまで一例であるが、新型コロナウイルス感染症は、今後の都市自治体が保健所を設置する意義の再検討を迫っているようにも思われる。保健所を設置する各都市自治体においては、今後の保健福祉の需要に対応するために、どのような体制整備が可能であるのかを検討することが求められよう。

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簡単に言えば、こう言っている。

保健所は専門機関なのだから、人員確保など冗長性を持った十分な体制構築が必要。
それができる見通しがない小さな市では、保健所を持つべきではない。

小樽市に保健所が設置されている意味を、存在意義を、小樽市民は、改めて考える必要があるのかもしれない。


マイラシーク手宮 入居者募集中

2024-05-31 05:54:28 | 小樽
手宮ターミナルがあった一画を利用して、サービス付き高齢者向け住宅が建設されていたが、いよいよ入居者を募集開始するようだ。


中央バスグループが展開する介護事業。
マイラシーク手宮。
塩谷、札幌南郷に続いて3棟目のサ高住だ。



塩谷の80戸よりはやや小さい50戸50名の施設規模。
アクセスが便利な立地条件の良い土地を高層化して利用し、50名が居住する。
雇用も考えれば、大きな賑わいが創出され、人口が減少する小樽市にとっても大変喜ばしいことだ。
(65歳以上の高齢者が増えても自治体にとっては、逆に持ち出しが多くなるのでは、との指摘もあるが)


3食付きで1ヶ月18〜19万円は年金暮らしの一般市民にとって、決して安くはないが、運営が中央バスグループという安心感もあり、入居希望は一定数いるだろう。



小樽出身者で首都圏で暮らしていた富裕層のリタイア組が、自宅を整理して第二の人生を小樽でゆっくりのんびりと過ごす、なんてありかも。

海が近く潮の風を感じながら散歩するもよし、バス路線の要衝にあり、駅前でも桜でも朝里でも長橋でも祝津でも小樽市内どこへ出かけるもよし。

子にとってもこんな施設に親がいれば安心だ。


っていうか、3食上膳据膳で、自分も入りたいくらいだよ(´・ω・`)