小樽のパパの子育て日記

日々のできごとを徒然なるままに2006年から書いて19年目になりました。
ヤプログから2019年9月に引越し。

気まずかったという話

2016-05-30 05:22:00 | インポート
葵から聞いた気まずかったという話。
先日、中学校の市内研修で行った事業所でのできごと。

葵のグループが訪問した事業所で対応してくれたのは、優しそうなオジサンだったそうで、穏やかな口調で施設の説明をはじめてくれたという。

「この施設は、ー中略ー。それで、かなり老朽化が進んでいるのですが、実は、なんと私と同い年なんですよ。」

「では、問題です。この施設は何歳でしょうか?」




その問いに、一緒に行った友達が間髪入れずに

「55歳!」

と言ったところ、正解は45歳で、気まずい空気が流れ、そのあとの説明中もなんとなく気まずかったという。



誰のせいでもないなー(笑)



16歳の尾崎豊

2016-05-21 11:50:24 | インポート
1992年に26歳の若さでこの世を去った尾崎豊。
すでに20年以上が経過し、その存在は伝説になりつつあります。

そんな彼のオーディション映像をyoutubeでみつけ、久しぶりに聴いてみました。



『CBS SONY Sound Development Audition 1982』での映像。
1982年10月というからまだ彼が16歳だといいます。
16歳にしてこの歌唱力と雰囲気を持ち合わせていることに改めて驚かされます。

曲の入ったカセットテープをCBSソニーへ送り、このオーディションに合格したのち、翌1983年にアルバム『十七歳の地図』、シングル「15の夜」でプロデビューを果たします。
そして、デビューから10年経たずにこの世を去った彼。

生前は、その思想や若者からのカリスマ的支持により、中学・高校の教育現場でタブー視された彼ですが、死後20年以上が経過した現在では教科書にも掲載されるなど、評価が変わっているといいます。
ただし、彼の「熱さ」は、今の若者たちにすんなりとは受け入れ難いものだとも聞きます。

尾崎豊とは、自分たち世代と今の若者たちとのジェネレーションギャップ、隔たりを象徴するキーワードとなっているのかもしれません。










元気があれば何でもできる

2016-05-20 06:00:43 | インポート
仕事のため11時ちかくに帰宅。
歳のせいか、夜遅くなってくるにつれて眼がショボショボして、書類を読んでいてもPCのディスプレイを見ていてもピントが合わなくなってくる。
電池切れの合図だな。

若い同僚たちもみんなこの時間。
あそびがまったくなければ、ハンドル操作を誤って事故を起こしてしまう。
マンパワーと業務量とを見極めながら、業務に優先順位をつけて、捨てるべきものは捨てるという決断をしなければいけない。枝葉末節にとらわれて大局を見失ってはいけない。
何より前途洋々たる彼らを守るのは自分だ。
「元気があれば何でもできる」
そう戯けてみんなを鼓舞しながらも苦悩は続く。




タグラグビー教室

2016-05-18 08:14:49 | タグラグビー
おたる地域子ども教室「タグラグビー教室」
1学期の日程が決まりました。

6/4 銭函小学校
6/11 豊倉小学校
6/18 望洋台小学校
6/25 張碓小学校
7/9 朝里小学校
7/16 潮見台小学校
7/23 長橋小学校

小学生の皆さん、気軽に参加してくださいね。

先週、小樽市スポーツ推進委員の皆さんにタグラグビー教室を実演し体験してもらいました。
みんな汗びっしょりになって楽しかったと言ってくれました。
タグラグビーは素人の大人にも十分楽しめるスポーツなのだと改めて実感しました。







ものは考えよう

2016-05-10 07:22:46 | インポート
購入後9年目に突入した我が家の車。
今の財政状況を考えれば新車なんて夢のまた夢。
よしっ、あと2年はこの車でいこうと決め、先日車検に出したところ、

「前のブレーキが固着寸前です。
ブレーキキャリパーを左右とも交換しなければなりませんね。
部品代だけで最低○万円はかかります。」
とのこと。







ガーン



必要な修理はしなければならないし、安全にお金をケチるなんてもってのほか。
急にブレーキが効かなくなって、最近どこかで見たニュースのように人を轢いたりしたら大変。
事故が未然に防げて、逆によかったよ。
ちゃんと車検で見てもらうものだな。

ものは考えようさ。
自分にそう言い聞かせながら涙を拭う私なのでありました

ちなみに車検をお願いしているのは、小学校からの友人でかれこれ40年の付き合い。金額云々は二の次、信頼のおける彼にお任せするのが自分の流儀。






たもちゃんから聞いた話 その1

2016-05-07 08:26:42 | インポート
御年91歳になるたもちゃんは、これまで4人を命を救ったという。
これは一人目を助けたときの話。
たもちゃんがまだ30歳代だったというから、時は昭和30年代、2月の話だ。

たもちゃんは当時、船乗りとして底引き漁船に乗っていた。
その日の漁場は雄冬岬の沖合だった。
魚の採れる漁場は狭く、多くの船がひしめき合っていたためか、たもちゃんの乗っていた船が網を巻き上げていたところ、他の船が入れた網と絡まってしまった。
網の中にはたんまりと魚を抱えこんでおり、その重さもあって船はにっちもさっちも動けなくなってしまった。

網を切るしかない、いや、切らないで何とかならないか。
悩んだ末に船長は、網を切ることを決断し、若いセツオが網の切断作業をするために海面に降りた。
厳寒の海の中、過酷な条件での作業だ。
ちょっとした判断ミスが大きな事故に繋がる。
絡まっていた網(ロープ)を切る際に、セツオは自分の船の網を掴んでいるべきだったのだが、相手船の網を掴んで作業をしていたために事故が起こった。
相手船の網は引っ張られてピーンと張っていたために、自船の網を切った瞬間、セツオは相手船の網ごと10m以上先の海中に投げ出されてしまった。
厳寒の2月の真夜中、闇と波の中に消えゆくセツオ。

しかし、この日は、晴天の暗夜だったのが不幸中の幸いであった。
揺れる甲板にいるたもちゃんの眼には、星の明かりが照らすセツオの姿が映っていた。
とっさに体にひもを巻きつけて海の中に飛び込んだ。
全力で泳いで、流されるセツオを捕まえた。
毛糸を着ていたので体が締め付けられて息が苦しくなったが必死だった。
水に入るときは毛糸は脱いだほうがいいとは聞いていたが、溺れている仲間を目の前にしたら、そんなことは考えていられなかった。
甲板にいる仲間に引っ張られ、無事に二人とも助かった。
「俺はあとでいいから先に五十嵐さんを上げてやってくれ」
セツオが船に上がるときに海の中で言った言葉を50年以上経った今でもたもちゃんは忘れないという。






掃除デー

2016-05-04 09:29:40 | インポート
昨日は、気になっていた網戸の掃除。
全ての網戸をサッシから外して洗剤でゴシゴシ。
ピカピカになって気分爽快。
ついでに風呂場とフローリングも磨き上げてあーすっきり。
ひと汗かいたあとでソファーに寝転んで読書。
至福の微睡み、休日の午後。





働かないアリには意義がある

2016-05-03 08:19:15 | インポート
先日読んだ新聞記事がとても興味深かったので、以下、自分用メモに。

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今年2月に英科学誌に発表した北海道大学と静岡大学の共同研究。

働かないアリだけを集めて集団をつくると、その中から働くアリが現れる。

働くアリだけで集団をつくっても働かないアリが現れてくる。

働くアリと働かないアリには能力の差はほとんどない。

集団の危機が起こった時に、普段働かないアリが働き出しピンチを救う。

アリの社会は、規格外のメンバーをたくさん抱え込む一件効率の悪いシステムを採用しているようだが、これこそがアリたちが出した進化の答え。

コンピュータによるシミュレーションを行ったところ、働くアリだけの集団は、疲労で全員が動けなくなり早く滅びるのに対し、働かないアリがいる集団は長期に存続できることが分かった。

働くアリだけの集団は、短期的に見れば効率が良いが、長期的に見れば存続できない。

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このアリ社会のシステムは、現代の人間社会にも大きな示唆を与えている。
短期的な効率を追求し過ぎて、組織が大きなダメージを受けてしまう例は、枚挙に暇がない。
個を犠牲にして組織の効率を最大化しようとすることは、社会的動物の進化の根本的な原理に反するといえる。
組織をマネジメントする管理者にとっては需要な視点だろう。