オズマの部屋 -バス釣り・政治経済・クルマ等-

「バス釣り日記」が主題。色々な話題を中年オヤジが持論で展開。「真実は孤独なり」を痛感する日々。

札幌オリンピックの歌。学校で歌って感動していた。

2013年06月27日 22時34分03秒 | オズマの独り言

【1972】【虹と雪のバラード】【トワ・エ・モワ】



 便利な時代になった。テーマ曲と検索するだけで出てくるとは。

 そして思い出す。この歌を,音楽の授業で歌っていたことを。

 1972年。いまから41年も前であるが,日本が黄金の80年代に向かって突っ走る,驚異的な高度成長で,いろいろな意味でパワーのあった時代が思い起こされる。

 そして次期オリンピック。開催国がどこになるかは別として,この歌や「熱くなれ」のような,心に響く曲は生まれるのだろうか。

 それにしても歌いやすい。どうりで小学生の教科書に採用されたわけだ。そして学校の帰りに友だちと合唱しながらみちくさしていた記憶が思い出される。


赤メタのもう一つの時代が終わる。

2013年06月27日 22時21分02秒 | オズマのバスタックル

 ついにというべきなのか。僕が右ハンドル転向を余儀なくされたときに最初に選んだ「赤メタカスタム・スタンダード」が終わりを告げるという

 僕がレフトハンドの優位性をいまでも語っているのはご承知の通りだが,それでも最初は右ハンドルだった。1993年末にスコーピオン1501が発売になり,そこから16年間レフトハンドルオンリーだった。

 2010年に,腱鞘炎でおかしくなった右腕をかばうために最初に選んだのが,写真の「赤メタカスタム・スタンダード」である。1992年発売の「バンタム・スコーピオンメタニウムXT」を現代化した,驚異的なリールだ。そしてこれこそ,僕が求めていたのだと,セクシーダイナマイツ加納さんの説明に納得した

 そして2010年。大活躍した。しかし,同時にスコーピオン1000XTシリーズが新発売。これまた驚異的な進化で,性能だけでいえば,とんでもないリールが低価格で発売されたと,いまでも驚いている。そして,僕のメインリールになったのはいうまでもない。それは現行機種ゆえの「安定性」である。部品供給,そしてベイトフィネスへの覚醒をさせたリールであるから。

 そういう理由もあり,現在は主に2軍で暮らしている赤メタであるが,今後修理不能になるかもしれないと聞けば聞くほど,逆に使い込みたくなった。できればそれもプロガイドの前で。ふふん,どうだい,全然負けてないよと自慢したいだけなののだが...

 しかし,そんな子どもじみた衝動を起こさせるほどに,赤メタは特別な存在であろう。シマノにとってSVSの元祖。シマノのSVSは結局ここが元祖。ファイティンスタードラグなどもあるにはあったが,みな根付かなかった。しかし,SVSはいま「∞」なるところまで進化している。まさにシマノSVS・20年の集大成

 これで,純正赤メタとは異なるカスタムの道も閉ざされたかに思うが,よく考えると,00メタマグを部品とりに中古で購入するという方法もある。かなり割高ではあるが...

 最後に,このリール開発をしてくださった加納さんに深謝である。そして,ベースをつくったシマノの先見性・技術革新の素晴らしさを,あらためて讃えたい。