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僕の結論は標題通り。身も蓋もない。
仏教も,日本に渡来した際は「迫害」された。仏像を拝むことは偶像崇拝であるとされ,実際,いくつもの寺が焼かれた。
しかし,仏教が根付いたのは日本の厳しい環境・地理的要因もあるだろう。なにより,仏教以前に「八百万の神」がいた。この背景もやはり地理的要因,具体的には「海と山」がある。
急峻な地形ゆえに作物がとれる。魚介類が豊富。しかしその反面,天変地異が起きるとひとたまりもない。
このとき,日本人には「海と山」を信仰する,山岳宗教であったり,修験道の道が開かれた。それはいずれも自然を支配するのでなく,理解することによる「共存」を目指した。
それゆえに,仏教の考えの基本である「因果応報」「諸行無常」などの考えは,素直に,それもごく自然に受け入れられたのだと思う。
対して大陸国家である米国などは一神教。わかりやすくいえば,大陸を委ねるにはいくつもの神がいたらヤヤコシイのだ。
中国・韓国の儒教は,それ自体おかしくはないと感じているが,「解釈」が陰謀めいている。恨み国家・韓国,俺様・中国 ,北朝鮮は人類と定義できないのでこの際除外するが...。
こんなことを書いていると歴史書が出来上がってしまうし,僕自身,仏教もまだまだわからないことが多い。それは,たとえば「観音信仰」の地域差である。琵琶湖湖北と福井小浜・奈良仏教との関係など,知れば知るほど面白い。
閑話休題。
結局はわかりあえないのだ。
日本人の捕鯨は調査捕鯨であり法律にのっとったものだ,といくら主張しても,所詮「人間以外はクズ」と考えている毛唐には理解できなかった。それゆえ,調査捕鯨も制限された。
中国のウミガメ密猟も,我々が「密猟」と騒いでいるだけで,中国人にとっては「ケダモノを処分してなにがわるい」というのだろう。釣りの世界にもあるが,「バス以外は外道」として惨殺するレベルと同じである。
価値観が異なるのはそもそもなぜか。それは国土も違うから。だから,「子供には旅をさせよ」なのである。
日本国内だって,バス1匹釣るのに責められる八郎潟周辺,一緒に喜ばれる水郷周辺,胸糞悪い琵琶湖周辺などなど,実にいろいろある。泊まり込みをしても爽やかな釣りができるのはやはり水郷なのだ。
事実が正しいのではない。これらは科学ではないからだ。
では,何が正しいのか。それを考え続けるのが人間の智慧というものである。標題のような結論をすぐに出してしまう小生などは愚者である。
5/17にウハウハ,いやドキドキの展開をしたので,ワームを補充した。あらためて調べたらまだ10本残っていたけれど。伝統のゲーリーブラック4インチグラブだ。
これをジグトレーラーにするわけだが,いつものように「ワームソーク」する。
しかしこのマルキュー「ワームソーク」は,もはや人気も必然性もないためか,たまに店頭在庫を見かける程度で,その際に買い占めている。
ワームに自信があまりないオズマとしては,やはり「味・匂いなし」のゲーリー製品は,これでしっかり味付けしたいのだ。
ワームソークはしかし諸刃の剣で,釣れる気分が倍増するが,ゲーリー製品,とくにカットテールのネコリグでは1発でワームがパーになる。アタマがイタイゾ。
でも。でも。
やはりこういう準備が楽しいんだよね,釣りは。
さて,リールのラインも巻き変えよう。僕は毎回巻き替えている。例のギルオリジナルラインなら強くて安い。事実,5/17の釣行では何度も草むらを抜き上げる必要があったが大丈夫。
まあ,ラインはGT-Rウルトラには叶いませんがね。