暮れぐらいに新聞で扱われていたイアン・ブルマについての記事について書かずにいた。しかし、ここに来て同じオランダの文化人であるレオンハルト死去の話題が日本のBLOGで大変話題になっているので、その訃報に関する新聞記事を読みつつ少しだけ比較文化論的に考えてみる。
世代も活動分野も全く違う二人の文化人で、丁度三十年ほどの世代差であり、その活動分野も音楽と政治社会文化であるから異なるのであるが、如何にも二人ともオランダらしさを感じる文化人である。
ブルマの方は、母方がユダヤ系英国人であり、「文明の衝突」で有名なサミュエル・ハンティントンと向こうを張ってニューヨークで「多文化主義」を専門として講座を持っている。昨年は世界有数の知日家として福島直後に「仕方ない」の日本人の心情を世界へと翻訳した。特にイスラム原理主義者に暗殺されたリベラルな映画監督テオ・ファン・ゴッホ事件に関する分析は有名である。
同じように、グスタフ・レオンハルトのバロック音楽への貢献は、新聞記事を読むまでのこともなく、反ヘンデル、バッハの非神格化に功績があり、オランダからの古楽器演奏の頂点にいて多くの弟子を輩出した音楽家であることに間違いない。しかし個人的には明らかに昔の人で、実際にその演奏に接した覚えはなく、探しても手元にはその録音は見つからないであろう。当然のことながらそこから出でたコープマンの方が最も同時代的でその源流に最も近いバロック演奏家なのである。
新聞が書くように、バッハの音楽を神棚からその職人的な技の音楽へと開放した演奏解釈で、同じようにバッハを演じた映画では等身大のそれを示して、なるほど同時代のドイツのカール・リヒターなどとは大分異なるバッハ解釈であった訳である。
その違いは古楽的な批判的音楽実践と現代楽器を使ったバッハの再生との相違というよりも、やはり文化の違いだろうと考えるのである。それを称して新聞は構造的な手法として文化的に捉える一方、痩せぎすのレオンハールトがデブのバッハを演じた映画を称して、その逆説的な意味をも思考する。
YOUTUBEにそれらしい映像を観覧できるのだが、なるほど鬘を被ったバッハでは無しにロンゲのヒッピーをそこに見るのは私だけではあるまい。ここでテオ・ファン・ゴッホ世代へと繋がるリベラルなオランダへと、音楽界ではトン・コープマンを代表とする人を食ったようなリベラルに繋がるのであった。
序ながら、イアン・ブルマは、東京での日本映画の分析研究生活から、それの世界的な権威者であるのだ。
参照:
フリーセックスのモナーキ 2006-11-15 | マスメディア批評
理性を超える人種主義 2006-10-13 | 文学・思想
恥の意識のモラール 2006-05-21 | 文化一般
固いものと柔らかいもの 2005-07-27 | 文学・思想
リベラリズムの暴力と無力 2004-11-06 | 歴史・時事
世代も活動分野も全く違う二人の文化人で、丁度三十年ほどの世代差であり、その活動分野も音楽と政治社会文化であるから異なるのであるが、如何にも二人ともオランダらしさを感じる文化人である。
ブルマの方は、母方がユダヤ系英国人であり、「文明の衝突」で有名なサミュエル・ハンティントンと向こうを張ってニューヨークで「多文化主義」を専門として講座を持っている。昨年は世界有数の知日家として福島直後に「仕方ない」の日本人の心情を世界へと翻訳した。特にイスラム原理主義者に暗殺されたリベラルな映画監督テオ・ファン・ゴッホ事件に関する分析は有名である。
同じように、グスタフ・レオンハルトのバロック音楽への貢献は、新聞記事を読むまでのこともなく、反ヘンデル、バッハの非神格化に功績があり、オランダからの古楽器演奏の頂点にいて多くの弟子を輩出した音楽家であることに間違いない。しかし個人的には明らかに昔の人で、実際にその演奏に接した覚えはなく、探しても手元にはその録音は見つからないであろう。当然のことながらそこから出でたコープマンの方が最も同時代的でその源流に最も近いバロック演奏家なのである。
新聞が書くように、バッハの音楽を神棚からその職人的な技の音楽へと開放した演奏解釈で、同じようにバッハを演じた映画では等身大のそれを示して、なるほど同時代のドイツのカール・リヒターなどとは大分異なるバッハ解釈であった訳である。
その違いは古楽的な批判的音楽実践と現代楽器を使ったバッハの再生との相違というよりも、やはり文化の違いだろうと考えるのである。それを称して新聞は構造的な手法として文化的に捉える一方、痩せぎすのレオンハールトがデブのバッハを演じた映画を称して、その逆説的な意味をも思考する。
YOUTUBEにそれらしい映像を観覧できるのだが、なるほど鬘を被ったバッハでは無しにロンゲのヒッピーをそこに見るのは私だけではあるまい。ここでテオ・ファン・ゴッホ世代へと繋がるリベラルなオランダへと、音楽界ではトン・コープマンを代表とする人を食ったようなリベラルに繋がるのであった。
序ながら、イアン・ブルマは、東京での日本映画の分析研究生活から、それの世界的な権威者であるのだ。
参照:
フリーセックスのモナーキ 2006-11-15 | マスメディア批評
理性を超える人種主義 2006-10-13 | 文学・思想
恥の意識のモラール 2006-05-21 | 文化一般
固いものと柔らかいもの 2005-07-27 | 文学・思想
リベラリズムの暴力と無力 2004-11-06 | 歴史・時事