土曜日はBASFの「農民」と登りに行った。若い仲間が計画した中間支点の設置講習が流れたからだ。そこで、他の参加予定者にも声を掛けたが最終的には農民と町医者が来た。ご本人がまだ登っていない近場で選んだ。前回出かけた場所であるが自分自身にとっても課題は十分にあるので通うのだ。
近くて人気の奇岩であるから、人出を気にしていたが、案の定沢山の車が停まっている。基部まで上がると冬の室内壁の支部の連中だった。沢山のトップロープが掛かっている隙間を狙って、登って貰う。クラシックな1950年代のルートであるから、斜めにバンド状に登る凹角にそって前衛壁の頭に上るルートである。前回二回登っているので都合今年で三回目である。躊躇しているので、前回登らせた町医者に行かせようとしたらトップロープの方が良いといって我々とは別行動となった ― 登れば登るほど下手になっていくので五年経っても初心者であり続けて、幾ら難しいところを我武者羅に登っても簡単なところを正しく登ることが出来ないのだ。両手が空かないから中間支点など設置出来ない。
結局農民が登り始めるのだが、彼の問題点もルートファインディング能力で、誰の助けも無しに最も良い解決策を探していく能力と経験に欠けている。それでも難易度にしては彼にとっては十分に容易であり、核心部は唯一のボルトが埋められているので安心して見ていたが、彼が設置した中間支点はもう一つ完璧ではなかった。理由は、加重方向と反対に下から上へと差し込む形で機械式楔などを設置する癖が付いていないからである。正しくそれを習う講習会だったのだが、中止になって残念である。
そして、第二ピッチの上部を続けて登らずに、一度降りてもう一つ難度の高い壁を登って貰おうとすると、先に行けと言うことになって、結局二年ぶりに自分で登ることになる。技術的には全く不安も無いので、完璧に登ろうとするが、三本もあるボルトの前後に中間支点を設置するのはそれほど容易ではなかった。綺麗に支点を取れるところを探して、核心部を完璧に超える。前回はボルトに登りつこうとして指を掛けたりした場所などである。流石に御手本を示せれたが、最後の乗り越しの前の支点の設置場所を見つけるのに苦労した。上への見通しが効かない場所になるので、その前の見渡せる核心部よりも自分自身としては綺麗な中間支点が欲しかったのである - しかしこれで詳細に分った。お蔭で、ある程度の技術の人には安心して指導出来るようになった。
そして一度降りて農民にリードして貰おうかと思ったら、後続で登ると叫んだ。技術的には克服出来る筈なのだが、彼にとっては結構オツカツになるのだろうか。実際後続してくるのを見ているとリングに手を掛けたりして、二年前の私よりも悪い登り方をしている。やはり技術的に欠けているところがあるのを自覚したようだ。上から押さえる手掛かりが無いと、横方向へのサイドグリップ的な手の使い方以上に、身体の左右のバランスをとらなければいけないのだが、どうもまだそれが身についておらず、自覚したようだ。
彼を無理してボールダーに誘わないのも、その加重の仕方を習得する前に、ボールダーの小さな手掛かりなどに馴染むと、町医者のような「登れば登るほど下手になる悪循環に陥る」可能性があるからだ。要するに5.10を克服する基礎がまだ足りないのだろう。
そのあと続いて、先に登らなかった第二ピッチをリードして貰った。流石に我慢強いので、確りと中間支点を設置しているように見えたが、今回の課題であったように機械式楔などの設置がやはり同じように十分ではなかった。それでも摩擦登攀を我慢する経験も体力もあるのは流石であった。
そう言えば、私が設置した完璧な機械式楔を回収しようとして苦労していたので、楔外しハーケンを使うように声を掛けたのだが、初めはその理由が分らなかったようである。その機構をエンジニアー的に観察すればどのように使えばよいのか理解出来るはずなのだが、なぜか彼にはそれが経験とはなっていなかったのである。昨年ドロミテで登っていても、彼のオリエンテーリング等の問題点は気が付いていたのだけれども、そうした基本的なことも身についていなかったのに驚いた。それだけこちらの中間支点の設置が巧妙になってきていることもあるのかもしれない。もはや初心者や素人では後続するのも厳しくなってきているようだ。
またまた自分自身の課題には触れられなかったが、結構疲れてしまった。流石にその前の日曜日のように疲労困憊ではないが、夜中に肩が痛むなどしてそれはそれなりに無理が来ているのを感じる。大変不甲斐ないのだが、我慢するしかないのだろう。少なくとも昨年とは全く技術程度は違ってきていて、指導が出来るほどになっているのは事実であり、シーズンはまだ長いので焦る必要ないと思っている。
参照:
ひりひりするほどの痛み 2014-05-27 | アウトドーア・環境
疲労困憊の継続性 2014-05-30 | 雑感
近くて人気の奇岩であるから、人出を気にしていたが、案の定沢山の車が停まっている。基部まで上がると冬の室内壁の支部の連中だった。沢山のトップロープが掛かっている隙間を狙って、登って貰う。クラシックな1950年代のルートであるから、斜めにバンド状に登る凹角にそって前衛壁の頭に上るルートである。前回二回登っているので都合今年で三回目である。躊躇しているので、前回登らせた町医者に行かせようとしたらトップロープの方が良いといって我々とは別行動となった ― 登れば登るほど下手になっていくので五年経っても初心者であり続けて、幾ら難しいところを我武者羅に登っても簡単なところを正しく登ることが出来ないのだ。両手が空かないから中間支点など設置出来ない。
結局農民が登り始めるのだが、彼の問題点もルートファインディング能力で、誰の助けも無しに最も良い解決策を探していく能力と経験に欠けている。それでも難易度にしては彼にとっては十分に容易であり、核心部は唯一のボルトが埋められているので安心して見ていたが、彼が設置した中間支点はもう一つ完璧ではなかった。理由は、加重方向と反対に下から上へと差し込む形で機械式楔などを設置する癖が付いていないからである。正しくそれを習う講習会だったのだが、中止になって残念である。
そして、第二ピッチの上部を続けて登らずに、一度降りてもう一つ難度の高い壁を登って貰おうとすると、先に行けと言うことになって、結局二年ぶりに自分で登ることになる。技術的には全く不安も無いので、完璧に登ろうとするが、三本もあるボルトの前後に中間支点を設置するのはそれほど容易ではなかった。綺麗に支点を取れるところを探して、核心部を完璧に超える。前回はボルトに登りつこうとして指を掛けたりした場所などである。流石に御手本を示せれたが、最後の乗り越しの前の支点の設置場所を見つけるのに苦労した。上への見通しが効かない場所になるので、その前の見渡せる核心部よりも自分自身としては綺麗な中間支点が欲しかったのである - しかしこれで詳細に分った。お蔭で、ある程度の技術の人には安心して指導出来るようになった。
そして一度降りて農民にリードして貰おうかと思ったら、後続で登ると叫んだ。技術的には克服出来る筈なのだが、彼にとっては結構オツカツになるのだろうか。実際後続してくるのを見ているとリングに手を掛けたりして、二年前の私よりも悪い登り方をしている。やはり技術的に欠けているところがあるのを自覚したようだ。上から押さえる手掛かりが無いと、横方向へのサイドグリップ的な手の使い方以上に、身体の左右のバランスをとらなければいけないのだが、どうもまだそれが身についておらず、自覚したようだ。
彼を無理してボールダーに誘わないのも、その加重の仕方を習得する前に、ボールダーの小さな手掛かりなどに馴染むと、町医者のような「登れば登るほど下手になる悪循環に陥る」可能性があるからだ。要するに5.10を克服する基礎がまだ足りないのだろう。
そのあと続いて、先に登らなかった第二ピッチをリードして貰った。流石に我慢強いので、確りと中間支点を設置しているように見えたが、今回の課題であったように機械式楔などの設置がやはり同じように十分ではなかった。それでも摩擦登攀を我慢する経験も体力もあるのは流石であった。
そう言えば、私が設置した完璧な機械式楔を回収しようとして苦労していたので、楔外しハーケンを使うように声を掛けたのだが、初めはその理由が分らなかったようである。その機構をエンジニアー的に観察すればどのように使えばよいのか理解出来るはずなのだが、なぜか彼にはそれが経験とはなっていなかったのである。昨年ドロミテで登っていても、彼のオリエンテーリング等の問題点は気が付いていたのだけれども、そうした基本的なことも身についていなかったのに驚いた。それだけこちらの中間支点の設置が巧妙になってきていることもあるのかもしれない。もはや初心者や素人では後続するのも厳しくなってきているようだ。
またまた自分自身の課題には触れられなかったが、結構疲れてしまった。流石にその前の日曜日のように疲労困憊ではないが、夜中に肩が痛むなどしてそれはそれなりに無理が来ているのを感じる。大変不甲斐ないのだが、我慢するしかないのだろう。少なくとも昨年とは全く技術程度は違ってきていて、指導が出来るほどになっているのは事実であり、シーズンはまだ長いので焦る必要ないと思っている。
参照:
ひりひりするほどの痛み 2014-05-27 | アウトドーア・環境
疲労困憊の継続性 2014-05-30 | 雑感