週後半あたりから熱があったようだ。ふらふらすることがなく、仕事をそれなりにこなすことが出来たのも基礎体力のお蔭かもしれない。体温計がないのでわからないが37.5度ぐらいはあったろうか?そのぞくぞく感からや力が入らないことから、決して微熱ではなかったことは確信している。そしてどうやら土曜日になって退いて楽になった。楽になると今度は次のぞくぞく感が出てきて、アイスクライミングや次のスキーツアーの計画となる。
その前に、先週の初スキーツアーの事をまだ書きそびれている。初日の事は書いた。二日目は、雪の降る中を車に乗っている二十センチほどの雪を除けて、クライネヴァリサータールへと車を走らせた。目的地は、スキー場として有名なカンツェルヴァンドの奥からその山上駅の尾根筋へと至るルートである。町の教会あるような場所から沢沿いへと降りて行って、そこから板をつけて向こう側へと渡り、登りの始まりである。
途中、ガイドが率先するツアーに抜かれたり、また昼休みに雪崩救助の練習をしたりで、初日とは違ってサンクリームの必要になる陽射しの中でゆったりと頂上へと登った。その間、家族ずれなどを含む計20人ほどが登って行っただろうか。標高差は初日よりも300Mほど大きい700Mほどであったが、一日をゆったりと楽しんだ。
頂上からは、対岸にフェルホロンスキー場のピステやレストランが一望に見えるので、滑降前の小用も反対の斜面に行かなければいけないほど賑やかな情景が眼下に一望できた。それでも尾根を辿るスキー場の山上駅は結構遠そうで、標高差150Mながら尾根筋をここまでスキーで辿るのは結構面倒そうで、滑って楽しめる場所ではなかった。
我々の下降ルートは、登って来た通り、幅もあり雪も新雪の割に締っていて、そしてなによりも敢えて解放していた靴も幸いして初めて楽しんで滑れた。途中一か所だけは林の間をボーゲンでいかなければいけなかったが、それ以外はよくある低山のオフピステの感じで、雪の量を楽しむ感じであった。逆にこれだけの斜面ならばその週に雪崩事故が起こっていたレッヒスキー場で楽しむのとあまり変わらなかった。違いは、斜面が広いことぐらいだろうか。そして、一日掛けてゆったりと雪の中で過ごす贅沢である。時間をゆったりと使うツアースキーである。喉が渇いたので、流石にアプレスキーのビールは欠かせなかった。
さて、最終日は予想に反して、最も高度差を登る最も本格的なツアーとなった。前日から天候は再び本格的な冬将軍となるので、標高二千メートルを超える稜線での登山の厳しさは予想されていた。それでも前半は雪もそれ程なく、谷から見上げたように、稜線から下は視界が効いていた。但し、車で目的地の村まで行くまでに、カーヴで対向車と衝突していたりと、こちらも登りに後輪を滑らせてBMWにぶつかりそうになったのである。それほど気温は低かった。そして稜線への登りでは、キックターンが重要になって、眼鏡が曇り、雪面が見えなくなるとお手上げだった。なるほど良い場所に板を置かないと、シールだけではこうした急斜面を登れないことが漸く分かったのだ。どうもこの当たりがツアースキーの基礎技術であるらしい。シールだけで後ろに滑らないというような印象を持っていたのだから当然かもしれない。当日の荷物は結構抑えたつもりであったが、これで重荷があるとすれば結構厳しいと感じた。
何とか稜線に出ると予想通りの強風で震え上がり、影に入って休止となったが、あの状況での休息は限られる。そして、尾根を頂上へと進む前に、ウィンドストッパーの手袋の下にチャイナ製の絹のインナーをしたが、結局は指を絶えず動かしていないと凍り付きそうで駄目だった。スキーで登れる場所を終えて、そこにデポして、日本アルプスのような尾根筋を登りだす。ストックを持つ手が風に吹かれて凍りそうなのだ。女性がストップをかけたことから、頂上は断念することになったが、手袋を取り換えて、その痛みを感じて、あのまま登り続けていたならば完全に凍っていたことが分かった。いつかグリンデルヴァルトのスキー場で氷解する耳に感じたあの痛みを指に覚えたのだ。やはりゴアテックスのスキー手袋は価格も違うが暖かい。これが、ソフトシェルとハードシェルの違いである。
下りは本格的な稜線からの滑降で、見た目ほどには誰も大崩れしなかったのは、吹いた雪が軽く乗っているからであり、最高の滑り心地であった。しかし、雪崩の危険性は決して低くは無かった筈で、その判断については改めて問い質す必要のある判断だった。リーダは、地質学の学生で、現在は放射能廃棄物の処理のアルバイトでスイスの当局でも働いていて、今回同行していた兄の量子物理の博士過程の学徒も、この件に関しては十分に議論が出来るからである。実際滑ってみると、それほどの危険性を感じなかったのはあまりにもふんわりと乗っていたからだろうか?その下部は、傾斜も緩む谷となっていて、下のスキー場に直ぐについてしまった。それでも十分に価値のある滑りで、天気さえ前日のように良ければ、豪快な処女雪スキーを楽しめたのであった。
靴の状態も日に日に良くなって、滑りもピステの下降路の滑りを含めて、リュックサックを担いだ滑りにも大分慣れてきた。但し、流石に三日目ともなると、当初とは違って、あちこちに張りなども感じるようになっていたので、この辺りは今後の問題であるかとも感じたが、長い距離を歩くのとは違って、スキーで滑り降りるのはなんといっても楽なのだ。
参照:
スキーツアー事始めの眠り 2015-02-04 | アウトドーア・環境
風に吹かれて喉が痛む 2015-02-03 | 生活
その前に、先週の初スキーツアーの事をまだ書きそびれている。初日の事は書いた。二日目は、雪の降る中を車に乗っている二十センチほどの雪を除けて、クライネヴァリサータールへと車を走らせた。目的地は、スキー場として有名なカンツェルヴァンドの奥からその山上駅の尾根筋へと至るルートである。町の教会あるような場所から沢沿いへと降りて行って、そこから板をつけて向こう側へと渡り、登りの始まりである。
途中、ガイドが率先するツアーに抜かれたり、また昼休みに雪崩救助の練習をしたりで、初日とは違ってサンクリームの必要になる陽射しの中でゆったりと頂上へと登った。その間、家族ずれなどを含む計20人ほどが登って行っただろうか。標高差は初日よりも300Mほど大きい700Mほどであったが、一日をゆったりと楽しんだ。
頂上からは、対岸にフェルホロンスキー場のピステやレストランが一望に見えるので、滑降前の小用も反対の斜面に行かなければいけないほど賑やかな情景が眼下に一望できた。それでも尾根を辿るスキー場の山上駅は結構遠そうで、標高差150Mながら尾根筋をここまでスキーで辿るのは結構面倒そうで、滑って楽しめる場所ではなかった。
我々の下降ルートは、登って来た通り、幅もあり雪も新雪の割に締っていて、そしてなによりも敢えて解放していた靴も幸いして初めて楽しんで滑れた。途中一か所だけは林の間をボーゲンでいかなければいけなかったが、それ以外はよくある低山のオフピステの感じで、雪の量を楽しむ感じであった。逆にこれだけの斜面ならばその週に雪崩事故が起こっていたレッヒスキー場で楽しむのとあまり変わらなかった。違いは、斜面が広いことぐらいだろうか。そして、一日掛けてゆったりと雪の中で過ごす贅沢である。時間をゆったりと使うツアースキーである。喉が渇いたので、流石にアプレスキーのビールは欠かせなかった。
さて、最終日は予想に反して、最も高度差を登る最も本格的なツアーとなった。前日から天候は再び本格的な冬将軍となるので、標高二千メートルを超える稜線での登山の厳しさは予想されていた。それでも前半は雪もそれ程なく、谷から見上げたように、稜線から下は視界が効いていた。但し、車で目的地の村まで行くまでに、カーヴで対向車と衝突していたりと、こちらも登りに後輪を滑らせてBMWにぶつかりそうになったのである。それほど気温は低かった。そして稜線への登りでは、キックターンが重要になって、眼鏡が曇り、雪面が見えなくなるとお手上げだった。なるほど良い場所に板を置かないと、シールだけではこうした急斜面を登れないことが漸く分かったのだ。どうもこの当たりがツアースキーの基礎技術であるらしい。シールだけで後ろに滑らないというような印象を持っていたのだから当然かもしれない。当日の荷物は結構抑えたつもりであったが、これで重荷があるとすれば結構厳しいと感じた。
何とか稜線に出ると予想通りの強風で震え上がり、影に入って休止となったが、あの状況での休息は限られる。そして、尾根を頂上へと進む前に、ウィンドストッパーの手袋の下にチャイナ製の絹のインナーをしたが、結局は指を絶えず動かしていないと凍り付きそうで駄目だった。スキーで登れる場所を終えて、そこにデポして、日本アルプスのような尾根筋を登りだす。ストックを持つ手が風に吹かれて凍りそうなのだ。女性がストップをかけたことから、頂上は断念することになったが、手袋を取り換えて、その痛みを感じて、あのまま登り続けていたならば完全に凍っていたことが分かった。いつかグリンデルヴァルトのスキー場で氷解する耳に感じたあの痛みを指に覚えたのだ。やはりゴアテックスのスキー手袋は価格も違うが暖かい。これが、ソフトシェルとハードシェルの違いである。
下りは本格的な稜線からの滑降で、見た目ほどには誰も大崩れしなかったのは、吹いた雪が軽く乗っているからであり、最高の滑り心地であった。しかし、雪崩の危険性は決して低くは無かった筈で、その判断については改めて問い質す必要のある判断だった。リーダは、地質学の学生で、現在は放射能廃棄物の処理のアルバイトでスイスの当局でも働いていて、今回同行していた兄の量子物理の博士過程の学徒も、この件に関しては十分に議論が出来るからである。実際滑ってみると、それほどの危険性を感じなかったのはあまりにもふんわりと乗っていたからだろうか?その下部は、傾斜も緩む谷となっていて、下のスキー場に直ぐについてしまった。それでも十分に価値のある滑りで、天気さえ前日のように良ければ、豪快な処女雪スキーを楽しめたのであった。
靴の状態も日に日に良くなって、滑りもピステの下降路の滑りを含めて、リュックサックを担いだ滑りにも大分慣れてきた。但し、流石に三日目ともなると、当初とは違って、あちこちに張りなども感じるようになっていたので、この辺りは今後の問題であるかとも感じたが、長い距離を歩くのとは違って、スキーで滑り降りるのはなんといっても楽なのだ。
参照:
スキーツアー事始めの眠り 2015-02-04 | アウトドーア・環境
風に吹かれて喉が痛む 2015-02-03 | 生活