Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

演奏実践の歴史的認識

2024-02-18 | マスメディア批評
NHKのラディオでメシアン作曲「テューランガリア交響曲」1962年7月4日の日本初演の録音が流れた。LP化されていたもののようであるが、一般市場には出ていなかったと思う。

小澤征爾が最初の音楽監督をしていたトロントでの1967年の録音は今もリファレンス盤として評価が高い。オンドマルトノを作曲家の奥さんの妹のロリオが受け持ち作曲家自らの指導の下にというのは当然だったかもしれないが、1949年の世界初演のバーンスタイン指揮の録音が残っておらず、1950年のアクサンプロヴァンスでの欧州初演、1961年のフランスでの録音に並んで古いものかもしれない。

先ず何よりもリズムがよい。指揮者のリズム感覚というよりもその指揮が素晴らしく、これは昨年数回続けて聴いた「アシジの聖フランシスコ」公演での参考にした小澤指揮の初演の録音で嫌というほど再確認した。

しかしここで改めてその後の録音で有名になった指揮者のサロネンとか、プレヴィンとか、ナガノらとは程度が違うと感じた。個人的には1970年代に引退間近の指揮者井上がニュージーランドで振ったものをエアーチェックしたカセットが手元にあるのだが、敢えて聴かないでもそれは比較に為らないだろう。

楽団の方はついていくだけのだけの演奏以上には出来ていないのだが、それでもよく鳴っている。小澤と共にここ百年ぐらいの音楽に集中していたならば、斉藤記念の様な一過性のクラブ活動とは違って歴史的な活動が出来ていただろう。オスロ交響楽団の次ぎぐらいには来ていた可能性もある。

金曜日のベルリンからの生中継は画面は観ていて、ラディオも録音だけしてまだ聴いていない。しかし最初のブラームスは流したのだが、大分ベルリナーフィルハーモニカーの伝統が出ていると感じた。今回のプログラムの二曲はミュンヘンの座付き楽団の演奏で知っている。後半の家庭交響曲はその水準には至らないと思われるが、最初の悲劇的序曲はみっちりと鳴り響いていた。

勿論ベルリンでの全盛期のカラヤン指揮によって模範的な録音が残されているのだが、流石にミュンヘンでは叶わなかった。その密な音響でもあり、カラヤンの芸術であったと同時にやはりフィルハーモニカーのそれでもあったのだと気が付くものがある。

この件は来月バーデンバーデンで演奏されるブラームスの交響曲四番における演奏法に深く関わっていて、私個人もベルリンの伝統というものの核を見究めたいと思っている。それは、逆にミュンヘンのシュトラウスの伝統を改めて確認することになっていて、復活祭における楽劇「エレクトラ」を評価する場合に基準作りの一つになるのではないかと思っている。

少なくともペトレンコ指揮のミュンヘンでの「サロメ」、「ナクソスのアリアドネ」、「薔薇の騎士」、「影のない女」に関しては認識しているので、これはとても価値のある演奏実践歴史認識になると思う。



参照:
有機的な鳥の囀りの表徴 2023-07-21 | 音
ブラームスのイライラ感 2023-08-12 | 音
コメント
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