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『川越ボーイズシング』・・・現代アニメのアンチテーゼ

2023-12-26 02:45:30 | アニメ

『川越ボーイズシング』より

 

■ 今期アニメで一番面白い ■

我が家の、今期アニメの一番人気は『川越ボーイズシング』です。しかし、この作品、今期一番失敗したであろう作品でもあります。この作品の失敗の理由を探る事で、現代の日本のアニメやマンガの「病巣」を探るのが今回のテーマ。

川越学園は川越にある男子高校ですが、理事長の孫のハルオはオーケストラの指揮者。しかし、超自己中の性格ゆえに、才能はありながらも、現在は指揮者のオーファーは有りません。そんなハルオに理事長が「ボーイズクワイア部を作って、全国優勝をしなさい」という命令を下します。文化部の活動実績の少ない川越学園の知名度をさらに高める事が目的と説明します。「いやだよ、僕はプロの指揮者だよ・・・」と嫌がるハルオですが、嫌々引き受ける事に。

部員集めから始めるハルオですが、その勧誘も自分勝手を極めます。校門で登下校の生徒の声を聴いて、「自分の楽器」として相応しいと感じた生徒達を強引に勧誘して行きます。嫌々集められた部員達ですが、次第にクワイア(合唱隊)の魅力に惹かれて行きます。

この作品、一言で言えば「腐女子枠」です。性格の違う男子達の友情と葛藤の物語で、歌もの。製作はユニバーサルミュージックで音楽面のバックアップは完璧。

■ アニメ視聴者のメンタル弱すぎ ■

『川越ボーイズシング』は川越市産業観光部観光課、川越商工会議所、公益社団法人小江戸川越観光協会などがバックアップした作品でもあります。市内各所に等身大パネルを設置し、ラッピング電車を走らせ、川越プリンスホテルには特別な客室まで用意した。しかし・・・大ゴケした・・。

ネットの感想を見る限り、1話切りした視聴者が多い様です。理由を見てみると「独善的なハルオの性格があり得ない!」という意見が多い様です。現代っ子のメンタル弱すぎです!

運動部では「オレサマ」の指導者など当たり前の存在ですが、インドア系のアニメオタクには、強引な指導者は「不快」の対象でしか無い様です。実際にハルオは全く空気を読みませんし、自己中心的で、生徒の意見など一切聞きません。しかし、それが「不快」かと問われれば、私には「物語を牽引するキャラクターとして面白い」と感じる。彼は所謂「発達障害」ですが、芸術家にはこの手の人が多い。他人と異なる感性ゆえに、人とは違う何かを作り出す事が出来る。そういったキャラクターの設定なのですが、をれを視聴者が「不快」に感じると、作り手側は微塵も予想しなかったでしょう。

■ 優しい世界に浸りながら、攻撃対象には容赦の無いアニメ視聴者 ■

今期一番人気の作品は『葬送のフリーレン』だと思います。今人気の異世界モノですが、物語のメインテーマは「優しさ」です。フリーレンは千年を超える寿命を持つエルフなので、人間的感性を持っていませんが、人間と旅をする中で、「思いやり」や「慈しみ」といった感情を学んでゆきます。この作品の世界は「優しさ」に満ちています。対局として魔族は徹底的に非道で、フリーレン一行にボコられる存在として描かれます。

現代のアニメ視聴者は、自分の周囲は真綿の様な優しさで包んで欲しい一方で、叩いて良いと認定された相手が、徹底的にボコられる事に快感を覚えます。

『葬送のフリーレン』は巧妙なので、「魔族は人の様な心を持たず、人の言葉を話すのは得物を狩る為」と説明します。これによって視聴者は、魔族側に感情移入する事無く、安心して魔族をボコる事が出来ます。これは『呪術廻戦』や『チェンソーマン』と同じ構造を持っています。

『川越ボーイズシング』は「腐女子系のヌルイ人間関係」ではありますが、異世界系にありがちな「真綿の様な優しさに包まれた世界」とは一線を画しています。生徒達は、独善的なハルオに反抗していますし、寄せ集めの部員達の関係も,なれ合いでは無く、友情や信頼までの葛藤がある。ライバル高は存在しますが、敵では無く、あくまで目標です。世界観の基本構造は,極めて「スポコン物」に近い。指導者やライバルに「否定」されながらも、それを糧に仲間と共に成長してゆく物語です。

■ 丁寧な物語しか評価しないアニメ視聴者 ■

「物語や構成が雑」という点も『川越ボーイズシング』をアニメファンが否定する理由の一つでしょう。確かに「昭和かよ!」とツッコみたくなる構成です。

1)理事長が「お菓子」を買った来る様にハルオに命じる

2)部活内で事件やイザコザが起きる

3)何だかんだあって、問題が解決する

4)解決した先に部員達が得たものが「お菓子」と共通点がある

基本的にこのパターンの組み合わせで、「昭和アニメ的なお約束が繰り返される」。面白いのが、この構成が成り立つならば、2~3の過程は何でも有りで、その強引さも私には面白味の一つ。これ、製作陣を見ると「なるほどな」と納得します。監督の松本淳氏や、9話で超絶な演出力を見せた武内宣之氏、はウテナのスタッフ。他にも絵コンテ陣は、ベテランの名前が並んでいます。

一見「雑」に見える構成ですが、良く言えば演出や物語の展開の自由動が大きい。特に8話のトンデモ話から、9話のシリアスな展開に繋げる辺りは、ここ数年のアニメの中では、一番「トリハダ」でした。

8話は、猛暑を避けてクワイア部が、市民ホールの様な所で練習をしていますが、そこに強盗犯がピストルを持って乱入して来て生徒達は人質に。ところが、何故か炎上系のYoutuberも乱入して来て人質事件の実況を始める。そこに理事長が現れ、犯人の事情を聴き出して説得するかと思いきや、最後は格闘で犯人を抑え込みます。・・・おいおい、なんなんだ、この昭和でも無かった様な無茶苦茶な展開は・・。

9話で8話の後日談が語られます。ホールに乱入して来たYoutuberは、実は部員の一人「IT先輩」の父親だった。目立ちがり屋の「IT先輩」は、IT企業の社長の息子と自分を紹介していましたが、実は父親は迷惑系のYoutuberで、愛想を尽かした母親は離婚して家を出ています。事件後に住所が特定されて、引っ越しを余儀なくされ、部活の辞める事となるIT先輩。ハルオは「僕の音楽には君の声が必要なの!」といつもながら強引に引き止めますが、IT先輩を乗せた車は川越の街を後にします。すると助手席にIT先輩のスマホに着信が・・・。

ドタバタ演出の8話と一変して、9話は、シリアスな展開は、モンタージュを多用した演出でじっくりと魅せます。絵コンテ、演出、作画監督の三役を務めたのは武内宣之氏。彼はウテナやピングドラム、化物語の作画監督でシャフトのビジュアルディレクターです。作画のカロリーを極力減らす為に、止め画とモンタージュを多用して作画のクオレリティーを上げる手法はシャフトの諸作でも観られたもの。今回は川越を去り、高速道路を走るワンボックスカーの表面を、高速道路の街路灯の反射が流れるシーンで鳥肌が立ちました。

この9話はディープなアニメファンには評価が高い様で「こういう化ける瞬間を見たくてアニメを観ている様なもの。切らずに見続けて良かった」などのコメントがネットに転がっていました。私も全くの同感です。

この「9話の感動」を味わえるかどうかは、「1話から見続けた」かどうかに掛かっています。要は「雑な話」とか「先生が不快」といった理由でこの作品を見ていないアニメファンには味わえない至福の瞬間。

 

■ 作画厨は〇ね ■

一時アニメファンの間で大繁殖した「作画厨」。「ヌルヌル動く作画、最高!」とか「綺麗な作画と背景最高!」といった、アニメを「画の綺麗さ」でしか判断しない困った人達ですが、今回は『呪術廻戦』に夢中でしょう。あの作画クオレリティーは異常です。但し、『呪術回線』が作品的に優れているかと問われれば、私は全く興味が無い。呪霊と呪詛士がチ―ト能力でボコリ合う胸糞悪い作品です。

『川越ボーイズシング』は、作画は崩壊の一歩手前をキープし続けています(いや、崩壊しているか・・・)。しかし、作画のクオリティーなど要求されない「昭和の作品」なので、それが気になりません。だって、体育の先生とか、部員の父親とかが、もろ肌脱いで、いきなり太鼓を叩いちゃう様な作品ですから。むしろ、このハチャメチャ展開にキレイな絵は不似合い。

実は予算的な意味においても、演出的な意味においても、キレイな作画は作品の自由度を奪います。

『葬送のフリーレン』が丁度良い塩梅で、描きやすい構図や、根抜きに近い簡略化で、作画のカロリーを上手に節約しつつ、見せ場に予算と労力を集中しています。『川越』ボーイズシング』も同様で、ベテランの絵コンテマン達は、「作画カロリーを節約して、話の内容を伝える」事に専念しています。

作画と物語、どちらを取るかと聞かれたら、私は「物語」を選択します。実はマンガやアニメのキャラクターは「記号」に過ぎないので、実は単純な〇でも△でも、物語は成り立ちます。その最適な例が、「中島らも」が「ぴあ」で連載していた「微笑み家族」や、同様の手法をアニメで実践した「鷹の爪団」です。単純なキャラクターをコピペして使い回す手法ですが、キャラクターの記号化を意図的に行っていて、悪意に満ちていて面白い。

 

■ 予算は楽曲に全振り? ■

「ユニバーサルミュージックの製作だから予算は潤沢」と言われた『川越ボーイズシング』ですが、どう見ても「低予算アニメ」にしか見えません。では「潤沢」と言われた予算はどこに・・・。

実は楽曲に予算をつぎ込んでいるのでは無いか・・・。作曲陣の一人横山 潤子氏は合唱曲を多く手掛ける作曲家の様で、NHK合唱コンクールの審査員も務めている。

ライバルの立川北高校の自由曲もオリジナルだと思いますが、これもユニークで面白かった。11話から、コンテスト本番に入りましたが、各校の課題曲の仕上がりの違いも聞けて非常に興味深い。

今までの「腐女子枠の歌物」とは、全然別のベクトルに向いた楽曲と演出の作品ですが、これも多分、狙ってやっています。(的を外して、腐女子では無くオタクオヤジに刺さりましたが・・・)

 

■ 「昭和」な『川越ボーイズシング』は現代アニメへのアンチテーゼ ■

『グレンラガン』『キルラキル』など「昭和アニメのオマージュ」的な作品は過去にも数多くありました。しかし、方向性は「昭和アニメをスタイリッシュに再構築する」もので、ポストモダン的な手法の一つとして現代アニメファンにも受け入れ易かった。

一方『川越ボーズイズシング』は「腐女子枠という現代アニメの最大の病巣に、昭和を投げ込んだ」という点で、ある種の悪意を感じます。「おまえら、これでもブヒれるか!?」といった悪意。

「腐女子枠」はアニメ業界では一番の稼ぎ頭でしょう。DVDの売り上げや、各種グッズの売り上げが確実に見込めます。『川越ボーイズシング』も、これを見込んでいた様ですが、DVDとブルーレイセットの発売中止がアナウンスされています。流石に、この作品では腐女子もブヒれなかった様です・・・・。予約キャンセルの特典として1話から12話までの全話のブルーレイセットが無料で配布される様なので、私にとってはお宝グッズでウラヤマシイ!

 

何れにしても、今期アニメというか、昨今のアニメに全く魅力を感じなくなった私が、久しぶりに「心から楽しめたアニメ」でした。万人にお勧め出来る作品ではありませんが、「一周回ってアリ」、「ナシ寄りのアリ」の作品です。コアなアニメファンにはお勧めです。



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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (楽譜)
2024-02-01 14:01:11
ご返信、来てたのですね…。コメ数で更新を確認するのは止めにします。反応遅れまして申し訳御座いません。
昨年末よりUnityにはまってしまい、他の言語では困難な3Dゲームをこれでもかと作っております。
そんな中、お勧めの通り戦国妖狐を拝見しました。そしてふとdアニのホーム画面に戻ると、「ブレイバーン?なにコレ?」
見始めた私が愚かでした。アーマードコアというゲームが好きな自分にとって、「お、これは正統派ロボ物か?」と嬉しくなったのも、今となっては良い思い出です。
でもこれもある意味、腐女子枠に昭和をぶち込んだ作品でしょうか…。
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Unknown (人力)
2024-01-05 11:08:51
楽譜さん

正月の家族旅行、聖地巡礼と寒鰤を目的に七尾市の和倉温泉に宿泊しようかと検討しましたが、一泊では交通費が割高なので、秩父に行っていました。宿のTVで地震発生を知り、驚きました。

昨年のゴールデンウィークに七尾で地震に遭遇した夜は、度重なる余震で怖い思いをしました。枕元に荷物をまとめて、服を着て布団に入りました。翌朝は朝一番の電車で和倉を離れました。

昨年の地震の影響が薄れて観光客が戻った所での今回の地震。それも元旦と最悪のタイミングでした。地元の方には掛ける言葉も見つかりません。

岩盤に染み込んで地震を誘発した大量の水は、きっと将来、豊富な温泉資源となります。今回の地震を乗り越えて能登半島が復興する事を心から願っています。
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Unknown (楽譜)
2024-01-02 17:32:54
明けまして。
おめでとう、とは言えないお正月になりました。特に人力様のブログを拝見していればなおさらです。真脇遺跡の木は倒れてしまったでしょうか…。
いつもなら速攻で更新される寄付サイトもSEが正月休みなのか全く更新されず…。縁もゆかりも無い土地ですが、良作を生み出した土地に感謝してがっつり支援していこうと存じます。
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Unknown (楽譜)
2023-12-31 22:34:04
「ブヒれなかったようです」に笑いました。すぐ観て感想をお伝えするつもりが、食指がまだ動かず…。
来年、感想をお伝えします。

本年も大変素敵なブログ、有難う御座いました。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。
人力様の年賀状、楽しみにしております。
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Unknown (人力)
2023-12-27 16:24:29
ゆうこ さん

ウォーターボーイズのモデルは川越東高校だったと思います。男子高校。そして「川越ボーイズシング」の聖地は川越東高校らしい。(校門とか)

YOASBI、デビューした頃は「中学生向けのいきものがかり」みたいだと感じましたが、タイアップ曲はとてもキャッチーですよね。尤もタイアップ曲って、プロが作ってると思いますが。どのバンドも作編曲のクオリティーが普段の曲に比べて比較にあらないほど上がるから。

YOASBI のボーカルってボカロの歌い方ですよね。声質が無機質で、イコライジングでボカロに似せている。本人もボカロを意識した発声や、歌い回しをしている。

ボカロを人に似せようとする時代から、人がボカロに似せようとする時代に変わったのは感慨深い。

若い女子のヘアスタイルも自由な色使いでアニメの影響が強い。初めは青髪や赤髪や紫髪をそのままコピーしていましたが今はピンクを始めとした柔らかいトーンでファッションにも良くマッチしています。
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Unknown (ゆうこ)
2023-12-26 17:49:25
川越の高校と聞いてすぐ連想するのは・・ウォーターボーイズですかね。
あの作品顔面偏差値高かったわ。
玉木宏、金子貴俊、妻夫木聡とか、映画も高かったけどフジテレビも凄かったわ。と言うことで腐女子枠ですね。

漫画は上手いです達者な絵柄、かなり書き込んでいる人と想像します。洋服着て居てもその下の筋肉や骨格を想像させますね。漫画って絵柄も大切だけど肝は吹き出しかな?台詞って大切。説明しすぎもダメ出し、短すぎても駄目だし。それがアニメに成るとどうなるのか?そこは音楽がカバー出来そう。
関係ないけど、YOASOBIの18祭のテレビ番組見てしまいました。兎に角感心することばかり。私もおばちゃんからお婆ちゃんに成りつつあるわ。若い人見て感動、話聞いて感動(笑)
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