■ 原作は小学生向けの大ベストセラー小説 ■
私が今年一番期待しているアニメ
映画『若おかみは小学生』が劇場公開されました。
原作は令丈ヒロ子原作の児童小説ですが、全20巻、累計300万部を誇る「青い鳥文庫」の大ベストセラーです。(2003年~2013年)
交通事故で両親を亡くした少学6年生のオッコ(関織子)が祖母の営む温泉旅館で若女将として奮闘する物語。これだけ書くと「小学生版・細腕繁盛記」の様ですが、そこは流石に児童小説、オッコには霊的なものが見えるという設定が小学生向けのスパイス。
オッコの働く「春の屋」には男の子の幽霊が住んでいます。彼、ウリ坊はオッコの祖母の幼馴染。子供ながらに峰子ちゃん(祖母)に恋心を抱いていたウリ坊ですが、彼女が引っ越して行ってしまった後、ふとした事故で死んでしまいます。それ以来、片時も峰子ちゃんの傍を離れる事無く見守っていますが、残念な事に彼の存在は峰子ちゃんにも、他の誰にも見えません。
ところがオッコにはウリ坊が見える・・。ウリ坊は大喜びでオッコに憑きまといます。そして、オッコはウリ坊の懇願で、何故か若おかみになる事に。慣れない中居修行に奮闘するオッコですが、少女の幽霊や小鬼まで「春の屋」に住み着く様になって、彼女の周りは賑やかになります。
小鬼は客を呼び寄せるという不思議な力が有ますが、彼が呼び寄せるのは、問題を抱えた客ばかり。しかし、彼らは健気に働くオッコと交流する事で癒されて旅館を後にします。
こうして、「春の屋」の若おかみとしてオッコ自身も成長していくというのが、原作やTV版アニメのストーリーです。
■ 子供向けアニメと侮るなかれ・・・号泣する大人が続出 ■
先日、最終回を迎えたTV版アニメは原作にほぼ忠実なストーリーですが、横手美智子が脚本だけに15分アニメとして、朝の連ドラのお手本になる様な、骨太の見事な作品でした。15分という短い時間にOP.EDもしっかり入るのですがら、実質12分の間に起承転結が有り、そして次週への期待をしかりと盛り上げて終わる。
実は家内の気に入りで、「ねえ、若おかみの続きって未だなの?」って聞いて来るぐらい。ネットを見ていると、孫と一緒に観ている祖父母の方も多い様で、劇場に高齢者の姿が散見されるのはTV版でファンになった方々の様です。
一方、映画版は監督に『茄子・アンダルシアの夏』の高坂希太郎、脚本に『ガールズパンツァー』や『聲の形』の吉田玲子という完璧な布陣。
高坂希太郎は宮崎駿の共同作画監督としてジブリアニメを支え続けた人物。それ故に監督作品が少ないのが残念ですが、『茄子 アンダルシアの夏』や『茄子 スーツケースの渡り鳥』の評判は高く、彼の監督作品を期待するファンも多い。
自転車のロードレースの選手を描く「茄子・・」ですが、原作は黒田硫黄の短編マンガ。短いページに人生の喜怒哀楽がギューと凝縮した傑作ですが、粗削りな所が魅力でもあります。それを、丁寧にアニメ映画の尺に引き延ばした手腕はなかなかの物が在りますが、実は私個人としては、今一つ物足りなさを感じる映画でもありました。原作の持つ自転車乗りの悲哀が薄れてしまった感じがして・・・。ただ、アニメとしての映像表現はピカイチですから、ジブリが作品を作らなくなった今、一番期待を寄せる監督でもありました。
一方、吉田玲子は『おジャ魔女どれみ』の脚本家ですから、少女の成長物語を書かせたら彼女に右に出る人は居ないでしょう。『けいおん』『ガールズパンツァー』『のんのんびより』『聲の形』『リズと青い鳥』『夜明け告げるルーの歌』とヒット作や傑作を連発し、今一番、脂が乗り切った脚本家です。
この二人のコンビで製作がマッドハウスですから、映画版『若おかみは小学生』に期待するなといっても難しい。映画の90分という尺の中で、どんなドラマが展開されるのか、映画公開が発表された4月から、私はもうワクワクが止まりませんでした。
公開二日目に上野のTOHOシネマズに観に行きましたが、上映終了後、しばらく呆然とするくらい素晴らしい出来映え。
劇場は空席が目立ちましたが、子連れの家族の外に、中高年の男性の一人、若い女性の一人、高齢のご夫婦などが目立ちました。さすがにアンテナが鋭い方々がいらっしゃる様です。だってタイトルが『若おかみは小学生』で、さらにあのキャラデザですよ・・・普通の大人は観ないでしょう。
Yahooシネマや映画.comの評価を見ると、星五つの方が圧倒的に多く、総合評価も『この世界の片隅に』に匹敵する高評価です。
ご覧になった方のコメントで一番多いのが「泣いた」「号泣した」「肩を震わせて泣いた」「子供向け作品と思ってナメていたら、泣かされた」といった類のもの。「ハンカチ2枚持っていって下さい」というコメントも。
そして「子供も大人も楽しめる作品です」「安心してお子さんに見せられます」「見終わった後心がほっこりします」「孫を連れて来ましたが本当に良かった」などのコメントが並びます。
これがTVキー局の肩入れの作品ならば、ワイドショーなどで盛んに宣伝して劇場ももっと埋まるのでしょうが・・・上映スクリーン数も少なく、空席も目立つのが残念な限りです。間違いなく今年一番のアニメ映画です。
■ 映画版は、両親を亡くした少女が悲しみを克服する物語 ■
TV版ではオッコが両親を亡くした設定は、「祖母の旅館で小学生が若おかみとして健気に働く」という設定を成立させる為のものでいた。ですから、物語初期以降はオッコの「不幸アピール」はほとんど有りません。むしろオッコの活躍がメインの物語です。
ところが映画版は「両親を亡くした悲しみ」をメインに組み立てられています。しかし、その悲しみはオッコ自身が意識の奥に押し込めて、決して前面に出て来ません。
映画版は事故のシーンをリアルに描く事で、両親の死を観客に強烈に印象付けます。しかし、その直後のシーンで、オッコは涙も感慨も無く普通に「行って来ます」と言って両親と暮らした家を離れ祖母の旅館に旅立ちます。観客はオッコが、両親の死から立ち直ったと思い込みます。さすがに小学生向けの作品でドロドロと悲しみを引きずる事は無いだろう・・・と。
しかし、春の屋で働くオッコは、両親の夢を度々見ます。そして、彼女はお父さんもお母さんも生きている様に思えると、客の占い師の女性に打ち明けます。そう、彼女は両親心の死を心の奥では否定しているのです。占い師の車で買い物に出かける時にも高速道路で心的外傷の発作を起こします。事故の記憶が蘇って来るのです。
物語の表層は、健気に働く小学生を明るく描きましが、時折現れる両親の幻影が、物語の裏側に常に暗い影を落とします。ただ、それは巧妙に「暗さ」が隠されています。オッコの思い出に偽装されているのです。これはオッコ自身の心の自己防衛なのでしょう。
ところがオッコの両親の死という現実を否応無く受け入れざるを得ない事件が起こります・・・。それは・・・・(ここから先は劇場で)
■ 吉田脚本と高坂演出が見事に噛み合い、不穏な鼓動が絶頂に達する映画 ■
この作品、何が凄いかというと、明るく健気なオッコの姿を描きながらも、冒頭から「不穏な動悸」がスクリーンを支配し続ける事。具体的には、オッコが無感情に両親と暮らした家を出る辺りから始まり、両親の幻影をオッコが頻繁に見る辺りで、敏感な観客は違和感を覚えると思います。
さらには、登場人物には「死」の影が寄り添っています。峰子ちゃんに寄り添うウリ坊の幽霊。オッコのライバルの若おかみの姉で幼くして死んだミヨちゃんの幽霊。「春の屋」に泊まる客も母を亡くしたばかりの少年や、死線をさ迷った男など・・・「死」はこの物語の隠れたテーマとして、オッコの明るさの裏に絶えず付きまといます。
そして「不穏な動悸」が最高潮に達した時に、決定的な瞬間が訪れます。
「オッコは善良な大人に囲まれ、見守られて幸せだ・・」と観客が確信した時、小学6年生の女の子には残酷過ぎる運命がオッコに襲います。観客は、ただ唖然としてスクリーンを見つめるばかり・・・。そして、オッコの決断と決心は、彼女のみならず、茫然とする観客への救済となり感涙でスクリーンが滲んで見えなくなりのです。
「華の湯温泉のお湯は、誰も拒まない、神様から授かったお湯なんです」と劇中何度も繰り替えされる言葉は、実はオッコ自身の救済も意味していた事に観客は気づくのです。
■ 作画の凄さと言ったら・・・ ■
当然ながら、作画も背景も素晴らしいの一言。
特にジブリを支え続けた高坂の作画は、ほれぼれするばかり。
原作の挿絵に忠実なシンプルなキャラクターですが、動きの隅々から、表情の一つ一つから小学生らしい生命力が溢れ出します。基本的には人間の肉体の動きに忠実なのですが、ちょっとデフォルメする事で、アニメならではの生命感がみなぎります。
オッコの中居修行の一連のカット、廊下を雑巾がけする時の脚の描写、草履の鼻緒が切れた時の小走り・・・もう惚れ惚れとする動きの連続です。
さらには、オッコが若おかみになると決めた時に、ウリ坊が天井を突き抜けて大空に舞い上がり、喜びを表現するシーンでの俯瞰カットの使い方・・・無意味な俯瞰を多用した『未来のミライ』の細田監督は爪の垢でも煎じて飲むが良い。
このシーンと鯉登のシーンは、2次元であるアニメ―ションが実写以上に3次元的表現に長けている事を実感するでしょう。
■ 構成と演出が、素晴らしい音楽を奏でる ■
オッコの中居修行という明るいテーマが流れる裏で、ボレロのリズムの様に「死」の影が次第に旋律に覆いかぶさり、最後は救済と希望のファンファーレへと雪崩れ込んでいく・・・そんな壮大な楽曲を思わせる展開の力強さに圧倒される作品です。
脚本と演出が一体となって、90分という時間をフルに使って観客をカタロシスへと導きます。高坂監督の『茄子、アンダルシアの夏』で感じた「物語を駆動するリズムの弱さ」は、『若おかみは小学生』では完全に克服されています。
脚本の構成の巧みさと、演出の巧みさがガッチリと噛み合った時、こういう傑作が生まれます。
■ 恥ずかしがらず、堂々と傑作を鑑賞する為に劇場にGO!!。ハンカチは2枚で ■
この作品が『この世界の片隅に』の様なヒット先になる事は無いでしょう。(有名人がTVで紹介したり、日経や朝日新聞が特集を組まない限り・・・)
しかし、私は全ての方にこの作品を全力でお勧めします。アニメの技法が・・・とか、脚本の技術が・・・なんて細かい事は無視で、「骨太の物語」として、昨今の小手先ばかりの映画(実写も含む)の対極にある作品だからです。
奇をてらう事の無いシンプルなストーリーの何と素晴らしい事か。この作品を前にNHKの朝の連ドラは「ゴミ」と言えよう!!
ちなみに昨日、家内を半ば強引に劇場に連れて行き、2回目を観ました。ラストのクライマックスで家内は隣で盛大に鼻を鳴らしていましたが、「全然泣けないじゃん、アレルギーで鼻が出たけど」って‥‥正直じゃないんだな。