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■ 『のんのん』コンビによる震災アニメ ■
『のんのんびより』の川面真也監督と脚本の吉田玲子のコンビの劇場映画『岬のマヨイガ』が公開されました。大好きな監督なので、初日に映画館にGO!!
原作は柏葉幸子氏の児童文学で野間児童文学賞を受賞しています。私は未読ですが、講談社のホームページにあらすじが書かれていました。
両親を亡くした萌花は親戚に引き取られる為、ゆりえは夫の暴力からのがれる為、岩手県の狐崎にやって来ます。しかし、そこで震災に襲われ避難所に逃れる。そこで身元を問われて困惑する所を、山名キワとおう老人に助られる。萌花は「ひより」、ゆりえは「結(ゆい)」という自分の孫だと老人は良い、彼女達を岬の古民家に誘う。そこから女性3人の奇妙な同居生活が始まるが・・・どうもその家は不気味な気配が漂い・・・。
原作は事故で両親を失った少女と、DVを逃れて夫との絆を絶った女性という設定ですが、アニメでは「ひより」の設定はそのままですが、結は女子高生で父親の暴力から逃れて来た事になっています。祖母-母-娘という疑似家族が、祖母-姉-妹という疑似家族に置き換わっている。
東北をアニメで元気にするプロジェクトで制作される3本のうちの1本だそうです。
■ あえて小津的な演出を封印している ■
『岬のマヨイガ』より
川面真也監督と言えば『のんのんびより』で見せた「固定の長回し」や「間の長さ」など小津安二郎の正統な後継者と言えるアニメ作家です。(私的に)
時間の魔術師・・・『のんのんびより りぴーと』の川面真也監督 「人力でGO] 2015/8/1
しかし、今回の作品では、敢えて小津的な演出はされていません。移動カメラも多しし、カット数が極端に少ない事も無い。川面監督らしく間は少し長めですが、『のんのんびより』程は長くはありません。これは映画の尺との兼ね合いでしょう。
ただ、あえて言えば、縁側に3人が腰かけておむすびと食べるシーンが、3人が正面(カメラ)に向かって話すという小津的なカットになっているなとニヤリとさせられる。(縁側に並べば当然ですが)
少し話が逸れますが、小津安二郎は黒沢明とならぶ世界的な映画監督で、ゴダールやトリフォーなど熱烈なファンも多い。
極端な固定ローアングルの長回しを特徴としていますが、同時にイマジナリーラインを無視して人物達が並んでカメラ目線で会話するという不思議な演出をする事でも有名です。私は小津の小津らしさはむしろ後者にあると感じています。違和感がハンパ無いのです。
四角いちゃぶだいだとカメラに収めた時に誰かが後ろ姿になってしまいます。一般的なホームドラマでは丸いちゃぶ台を使ってこれを解決します。丸いちゃぶ台ならば、カメラ側に人が座らなくても自然に見えるからです。
ところが、小津の場合、カメラに背を向ける位置に居る人が、クリりとカメラに向かって会話をします。これはイマジナリーラインを無視した構図なのでとても違和感があります。
普通の監督は、イマジナリーライン内にカメラを置いて会話する人の視点で撮影するか、先述の様には丸いちゃぶ台を用いて、カメラ側に人を配置せずに引いた視点で全員の表情をカメラに収める場合が多い。
イマジナリーラインとは会話する人と人を結ぶラインで、例えば会話のシーンではこのラインに近い位置にカメラを置くと、主観視点で相手と会話をしていると自然に感じる様になります。このラインの外側にカメラを置くと客観視点になります。
『岬のマヨイガ』より
これはちゃぶ台で食事をするシーンをイマジナリーラインの外側から描いています。キヨおばあちゃんは後ろ姿になる。ところが小津映画では、後ろ姿の人が振り向いて喋るから違和感ありまくりで、それが映像の個性となる。
話が逸れましたが、『サクラダリセット』でもそうですが、川面監督は普通の演出で普通に作品を撮る事も出来る。むしろ、TVシリーズの『のんのんびより』は相当に狙った演出をしていますが、キャラクターの強さがそれを支えています。
■ 実写映画のカメラワークを研究し尽くしている ■
『岬のマヨイガ』のキャラクターはシンプルな描線で描かれ、影の漬け方も薄いので平面的です(絵的に)。ところが、2次元キャラのアニメを観ているのに、私は実写映画を見ている錯覚に襲われました。「小劇場で上映される様な日本の実写映画」を見ている気分になった。
これは、川面監督が徹底的に実写映画のカメラワークを研究し尽くしているから、そう感じるのだと思います。縁側を少女二人が拭き掃除するシーンが典型的ですが、引いたアングルで全体を収め、ローアングルで後ろと前から捉え、さらにカットアップを3回繰り返す・・・これ、完全に実写映画の演出です。特にカットアップで時間の経過を表す方法などは、古典的映像実験なので、今の映画ではあまり見る事が無く、ニヤリとさせられます。」
■ 震災をテーマにした映像作品では頭一つ抜けている ■
作品の前半は徹底的にアニメ的な動きや演出は抑制され、震災被災地で生きる人を、どれだけリアルに描くかに重点が置かれます。震災を嘆き悲しむ人達では無く、被災地を離れずに逞しくそこで生きる人達の血の通った生活が被災地の風景を背景に描かれて行きます。これ、震災をテーマにした様々な作品の中でも、頭一つ抜けている。
被災地の悲惨さや、人々の心の傷をこれでもかと見せつける作品は多いのですが、被災地の風景を背景に、それまでの生活を普通に生きている姿を描く事で、むしろ彼らの心の痛みが視聴者にジワジワと伝わる。漫画では『リバーエンドカフェ』が近い肌合いです。
■ 人と不思議が同居する遠野 ■
『岬のマヨイガ』は児童文学ですから、当然子供が喜ぶ仕掛けがされています。それは、彼女達が暮らす古民家が「妖怪=マヨイガ」なのです。
「マヨイガ」は山の中を移動うする妖怪で、山で迷った人をもてなしす事が大好きです。さらにマヨイガから何かを持ち帰ると、その人は成功して財を成すとキヨお祖母ちゃんが語ります。3人が暮らすマヨイガは、若い娘達の為に、こじゃれた家具を用意し、暖かいお風呂を準備し、そして水が飲みたいと言えばコップの水を用意する・・・。
さらに、東北地方の妖怪や、お地蔵様達が登場して・・・物語の中盤以降は、児童文学を原作とした作品らしさが出て来ます。
特にカッパは素晴らしかった。動き、セリフ回し・・・どれを取っても最高のカッパです。
■ 「原作もの」の難しさ ■
児童文学原作という事で、同じ吉田玲子脚本の超名作『わかおかみは小学生』を期待してしまいますが、今回は少し肩透かしとういか、吉田玲子にしては筆が重い感じがします。
原作を大幅に改変すれば、もっと違う作品になったと思いますが、後半は特に原作に引っ張られてしまった感じが強い。少女の成長のイニシエーションとして敵との戦いが設定されるのはアニメや児童文学としてはオーソドックスですが、この映画に関して言えば、このクライマックスこそが作品の質を下げています。
確かに敵は、人々の傷ついた心の象徴ではありますが、この作品にスペクタクル要素は似合わない。もう少し地味な敵の方が良かった・・・。
原作のエピソードも丁寧に拾っているので、それぞれのエピソードに深みが無い感じもします。もっと要素を減らしても良かったかも・・・。
■ 戦犯は大竹しのぶと芦田愛菜 ■
ネットなどではキヨを演じた大竹しのぶと、結を演じた芦田愛菜を褒める声が多いのですが、この映画に魔法が掛からない元凶はこの二人の声優起用です。
大竹しのぶの声は重すぎて怖い・・・。朗読劇をやっている様で、感情が感じられません。一方で、昔話を語るシーンは、超絶クオリティーな実験アニメ映像によく声が乗っていました。(ここだけ切り取ればアヌシーで賞が取れる)
芦田愛菜は、いくら感情の起伏な少ない子の役とは言え・・・あまりに棒です。語尾に感情が全く乗らない。
一方、両親を無くしたショックで喋れなくなった「ひより」は、当然喋らないので映像で全てを語ります。筆談する鉛筆の音や、僅かな顔の表情の変化が、下手な声優よりも雄弁に彼女の中の、ささやかな感情を拾い上げます。もう、可愛くて、可愛くて、抱きしめたくなってしまう。(ロリじゃないぞ)
私はアニメ映画に俳優を起用する事に昔から反対です。ジブリが始めた手法ですが、宮崎監督などは「声優のオーバーな演技より俳優の自然な演技が良い」と言っていた様ですが・・・・これ単に観客を動員する為に考案されただけだから。〇〇さんが声優に挑戦。すばらしい演技!!って前宣伝して客を集める。
やはり声優と俳優では、天と地との差が有ります。ただ、主人公が少女だったりする場合は、舌足らずな俳優のセリフ回しが妙にマッチする事も在りますが・・・。
■ 観に行くべきか? ■
『岬のマヨイガ』を観に行くべきか、行かない方が良いのか・・・。
映像を勉強されている方達は、絶対に行かなければいけません。アニメで実写を再現する方法はいくつかありますが・・・これ程までに正攻法でそれが成り立つ事に驚愕するでしょう。
一方、一般的なアニメファンや、映画ファンはどうか・・・。多分、丁寧な作品とか、背景がキレイという印象しか持たないでしょう。映画を観終わった後のワクワク感が少ない。
初日の夕方に回に新宿のバルト9で観ましたが、観客は若い男性(多分『のんのん』のファン)が20名程、それと中年の夫婦と、若い女性が一人。
『わかおかみは小学生』の時は子供連れが居ましたが・・・緊急事態宣言下というのもあって、子連れは皆無。子供向き映画としては可哀そうな状況ですが・・・これ、子供向きじゃないから、コアな映画ファンこそが楽しめる作品だから・・・。
正直な感想としては、この映画誰得なの??? そう思わざるを得ないが、オレ得な映画である事は確かです。
川面監督、パナイわぁ~~
<追記>
川面監督と言えば、音への拘りがハンパ無い監督ですが、今回の映画も「自然の音」に満ちていました。ただ、音楽が邪魔・・・曲数は半分でイイかな。羊文学による主題歌も単体で聞けば良い曲ですが、エンディングとしてはどうかな・・・。
あと、劇場の問題かも知れませんが音が大きすぎる。
<追記>
実は川面監督の演出をこれ程褒めておいてなんですが、昔話のシーンの「超絶作画」の劇中劇bに全部持って行かれました・・・。これ凄すぎます。予告で観たアヌシーのグランプリ作品の『カラミティ』の映像の凄さと相まって・・本編が完全に喰われてマス。
アニメを真剣に勉強しているアナタ・・・この2つの「超絶作画」を観たら人生が変わるかも知れません。『カラミティ』は9/23公開。
『カラミティ』より