前の記事は
マネタリーベースの拡大と投資マネー (人力でGO 2022.01.13)のコメント欄で「日銀当座預金は引き出せない」というコメントが寄せられたので、その誤解を解くものでした。
今回は、MMT的な通貨論と、主流派的な通貨論の何が違うのかを考察してみます。
■ 「通貨の価値を担保するもの論」は無意味 ■
MMT系の方々が主流派経済学を否定する場合、「金属通貨」の否定から入ります。
「通貨が何故価値を持つのか」というそもそも論は昔から有りますが、金兌換制度では「通貨は金に交換出来るから価値がある」とされていました。
しかし、「金に何故価値があるのか」と聞かれたら答えに窮します。「昔からそうだった」、或いは「金は希少故に価値が有る」としか答えられませんが、これは価値の答えとしては不十分です。むしろ、「金は通貨として流通するから価値がある」と答えた方が分かり易い。
ニクソンショックで金兌換制度が中止されてからも通過の価値は失われませんでした。人々は変らずに通貨(お金)を求めました。
一般的に考えれば「モノを買う為にはお金が必要」だから人々は通貨を欲します。従来の経済学では通貨は「交換」と「価値の保存」に便利だから価値が認められると説明されました。通貨はモノを買う喜びと、お金を貯める喜びを私達に与えてくれます。
ところが、MMT派の方々は「通貨の価値は、その通貨でしか納税出来ないから確保される」と説明します。・・・ハアァ??って感じです。だって、納税義務を負わない人もお金を欲するではないですか・・・。
尤も、通貨を利用する時に人々は「通貨の価値」などを考える事は一切ありあせん。
支払い手段がそれしか無く、便利だから使っているに過ぎない。
要はMMT派の人達が、主流派経済学を否定する「未だ金属通貨に固執するのか」という批判は、批判にもなっていない。「通貨はモノが買えて納税も出来る便利なツール」としてしまえば
MMT派も主流派も「そだねぇー」って言ってオシマイ。
■ 国債(政府の負債)が通貨を生む事を主流派経済学者も否定しない ■
MMT派が次に主流派経済学を否定する方法は、「通貨は国債発行で生まれる」という事を会計学的に示す方法です。しかし、先の記事で書いた様に、プライマリーバランスが保たれている状態では日銀の信用創造は働かないので、国債を発行しても通過は生まれません。
日銀の信用創造が働くのは、日銀が国債を市場で民間から買い入れた時点です。
1)日銀が市場から国債を買い入れる
2)日銀は国債を購入した相手先の日銀当座預金に買い入れ額を記入する
3)日銀当座預金に記入された金額は現金と同じ性格を持つ
4)日銀当座預金は現金と同様に日銀の負債
MMTでは、「日銀(中央銀行)は政府の子会社だから、日銀の保有する国債は政府の資産である」と説明されます。
中央銀行は法律で政府から直接国債を買い入れる事を禁じられていますが、市場から間接的に国債を買い入れても、結果は同じです。
政府が国債を発行して、中央銀行が現金化する
これは分かり易く言えば・・・次と同義です。
政府が約束手形を発行して、政府の子会社である中央銀行が現金を発行して政府に支払う
日銀が直接的に国債を引き受けようが(財政ファイナンス)、間接的に国債を市場から購入しようが(隠れ財政ファイナンス)、日銀は信用創造によって通貨(現金)を作り出している事になります。
MMTが主張する「政府の債務が通貨を生む」という主張は、財政ファイナンス的な状況においては主流派経済学的にも否定は出来ませし、現実的に彼らはこれを否定いていません。
■ 外生的通貨供給説(主流派経済学) ■
主流派経済学とMMTの差は、通貨供給が内生的(ベースマネーの増加がマネーサプライの増加に必ずしも直結しない)のか、通貨供給が外生的(ベースマネーの供給がマネーサプライの増加を促す)のかの違いです。
主流派経済学の教科書では、銀行の信用創造(マネーサプライ)は次の様に説明されます。
1)預金者が現金を銀行に預ける
2)銀行は準備預金(今は10%)を中央銀行の当座預金に預けて、残りの90%を貸し出せる
4)銀行から90万円駆り出されたお金は、経済活動の結果銀行に90万円よきんされる
3)銀行は9万円を準備預金し、89万円を貸し出す
4)この繰り返しで100万円の預金は900万円の信用創造を生む
この信用創造の元になる100万円の現金は中央銀行の供給したベースマネーです。主流派経済学者はこのベースマネーを調節する事で、銀行の信用創造をコントロールして経済(インフレ率)をコントロール出来ると主張しています。これを
外生通貨供給説と呼びます。
「外生」とは「外生変数」の略で、任意にコントロール出来る変数の経済用語です。主流派経済学では政府支出や、マネタリーベースは政府や中央銀行が任意にコントロールされるので「外生関数」と考えます。
外生的通貨供給説(主流派経済学)とは、マネタリーベースを任意にコントロールする事でマネーサプライをコントロールするという考え方です。
実際の金融政策でのマネタリーベースのコントロールは次の方法で行われます。
1)中央銀行がある金利でコール市場など短期に市場に資金を供給する
2)コール市場の金利を資金需要に見合った金利にする事で銀行間の資金調達を活性化する
以前は中央銀行が日銀当座預金の金利操作(公定歩合)によって、市場の資金の放出と吸収を行っていました。しかし、近年は市場原理を重視して、コール市場で超短期金利を操作しています。
■ ゼロ金利下では資金需要の枯渇によってマネタリーベースがコントロール出来ない ■
金利が正常に作用する時には、通貨供給は「外生的」です。民間の資金需要があるので、資金需要に応じた金利にコール市場金利を操作すれば、マネーサプライは適切な水準に調節され、結果的にインフレ率を適正範囲内に誘導する事が可能でした。(可能だと信じられていた)
ところが、「資金需要が極端に低い状態=コール市場金利がゼロ金利」では、中央銀行の金利操作は働きません。資金需要を生もうとしても、ゼロ金利より下は存在しないからです。この状態ではマネタリーベースの拡大が出来ませんから、通貨の外生的な供給が不可能になります。
そこで主流派経済学者が導入したのが「量的緩和=非伝統的金融手法」です。
ゼロ金利下では短期金利操作で資金需要が増えないので、国債やその他の資産を中央銀行が直接買い入れて、金融機関の当座預金に現金を積む事で、マネタリーベースを強引に拡大する政策です。
ところが、実体経済が冷え切っている場合、金利と投資のリスクバランスが崩れているので、民間金融機関は貸し出し先を拡大する事が難しい。一方で、中央銀行の当座預金に金利が付く状態では、ゼロリスクで金利収益が得られるので、金融機関は中央銀行の当座預金に資金をブタ積みして、ゼロリスクで収益を上げようとします。
主流派経済学者の一部(リフレ派)はリーマンショック後に、「量的緩和でマネタリーベースを拡大すれば実質金利が下がり資金需要が復活する」と主張し、政策が実行されましたが、これは失敗に終わります。資金需要を「外生的」にコントロールする事が出来ない事が証明されました。
■ MMTではマエネタリーベースは内生的と考える ■
MMT(現代貨幣論)では貨幣供給は内生的と考えられています。内生変数は任意に操作できない変数です。
民間の資金需要が枯渇して金利がゼロに張り付いた状態では、中央銀行がマネタリーベースのマネタリーベースの操作が機能しません。
そこで、財政支出によって直接的に市場にお金を注入するというのが、MMT派の主張です。政府の財政支出の極端な例は「直接給付」です。お金を欲しくてもお金が無い人に直接お金を配れば消費を活性化し、経済も活性化します。
これは当たり前の事なので、主流派経済学者の中でもブランシャールやサマーズは「政府はもっと財政赤字を拡大すべき」と主張しています。
プリンストン大学のシムズが、「物価水準の財政理論(FTPL,Fiscal Theory of the Price Level)」として体系化しています。
ゼロ金利の制約に直面した状況で金融政策が有効性を失う場合は、インフレを生むように意図した追加財政が代役となり得る。その場合の追加財政は、将来の増税や歳出削減で賄うことを前提にした通常の財政赤字ではなく、インフレでファイナンスされた財政赤字だとする考え方。ゼロ金利下では金融政策によって物価を上げる効果は小さいため、財政政策の拡大によって意図的にインフレを起こし、債務の一部を増税ではなく物価上昇で相殺させると宣言することで人々のインフレ期待を高める。
これをして、
MMT派の主張と、主流派の主張の差が無くなった様に錯覚する人も居ますが、キーポイントはインフレ率(金利)が外生的か、外生的かという点です。
■ 金利を外生的(政府がコントロール出来る)と考えるMMT ■
通貨が外生的か内生的かという議論は、ケインズ派と古典派や新古典派経済学(主流派)の間では古くからある論争です。
しかし、ゼロ金利下では通貨は内生的という事は主流派経済学者も認めています。マネーサプライによって通貨が生み出されるというのは、金利が正常に働く状態で観測されるのであって、ゼロ金利下ではこれは観測し難い。
ではゼロ金利下ではMMTが全面的に正しいのかと言えば、問題は金利の捉え方にあります。
MMT派は財政支出を拡大して仮にインフレの兆候が表れたら、財政支出を減らせばインフレ率の上昇を抑える事が出来ると主張します。これはインフレ率は「外生変数」で政府が任意にコントロール出来ると言っているに等しい。
「金利がゼロであるならば、統合政府の負債は無限に持続可能」(極論ですが)と考えるMMTでは、財政拡大によって金利がコントロール出来ない状態は想定していないし、そうなると理論そのものが崩壊します。
一方、主流派経済学者は財政支出によって金利が上昇して、政府支出の増大はインフレによってファイナンスされると考えています。(いわゆるインフレ税)
この場合インフレ率は政府にコントロール出来ない「内生的」と考えられています。
■ インフレ率の上昇と国債の持続可能性、或いはインフレ税 ■
MMT的な財政拡大が継続する条件は「金利<名目成長率」である事です。これが崩れると、財政赤字が急拡大して、財政は発散します。
1)何等かの原因で金利が上昇し始める
2)国債金利は市場金利の最低金利と連動する
3)市場金利以下の金利の国債を保有する事で金融機関には含み損が発生する
4)金融機関が国債を売却して損失を最小に抑えようとするので、
国債価格が下落(金利上昇)する
5)新発国債と借換債の金利が上昇する
6)ある金利を越えると、国債の利払い費が雪だるま式に膨らみ始める
7)赤字国債の発効量が膨大になり市場で国債が消化出来ずに国債金利の上昇が止まらなくなる
ここまで行くと、日銀は直接国債を政府から購入して国債金利を抑え込む必要が生じます。所謂「財政ファイナンス」です。
ここまで酷い事にならないまでも、財政拡大がインフレ率の上昇を生むならば、金利が引くい預金(国民の資産)の価値が減少して、国の負債は実質的に減少します。国民は増税される事無くとも、インフレ税を国家に払う事になります。
■ アメリカの直接給付は明らかにインフレを生み出した ■
コロナショックは経済と財政の実験場でもありますが、アメリカの直接給付は、明らかに消費を活性化させ、アメリカのインフレ率は7%台に跳ね上がっています。
但し、コロナによる供給制約もインフレの要因に含まれるので、消費がどの程度インフレ率を引き上げたのかは、経過を見る必要があります。
一方、日本では、コロナ給付は貯蓄されたと言われています。これはちょっと間違った言い方で、我が家を始め一般的な家庭では、それなりに消費に回ったと思われますが、その先でお金は企業の内部留保や、企業が支給した給与からの預金に変わった。
日本でもインフレ率は高まっていますが、その原因は原油高に代表される輸入物価の上昇。アメリカのインフレ率が高まった事で、内外金利差から円安傾向になるので、輸入インフレはさらに加速しそうです。
コロナ給付や、コロナ後の経済の活性化を見込んだインフレなので、短期的なインフレ率の上昇で再びインフレ率が下がれば問題有りませんが、インフレ率の上昇が継続し続けると、中央銀行の緩和的金融政策は持続不可能になります。
FRBは量的緩和の縮小や、利上げを匂わせています。
これによって、財政のアンバランス化よりも、資産バブルが崩壊する方が圧倒的に早く訪れます。リーマンバブル、コロナバブルが崩壊する。
主流派とMMTのどちらが正しかったのかという決着以前に、経済の崩壊によって、この論争はウヤムヤにされる可能性が高いと私は妄想しています。