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映画・演劇のレビュー

斜線堂有紀『ゴールデンタイムの消費期限』

2021-05-06 19:48:13 | その他

かつての天才たちの再生を目指すプロジェクトに集められた6人の男女。小説家、映画監督、日本画家、料理人、棋士、バイオリニスト。若くして才能を認められたそれぞれの分野での天才たちだ。だけど、今では過去の人になっている。まだ10代なのに(20代に入っている人もいるけれど)才能が枯れてしまった。消費期限は過ぎた、という認識を抱きながら、彼らは生きている。

そんな彼らを再生させるためAIが11日間トレーニングしてサポートするという秘密裡で行われる国家事業。それが描かれるのだが、それは人間はAIに従属する、ということを意味する。集められた6人はそんな屈辱に耐えられるのか。しかも、彼らは一世を風靡した天才たちである。自負とプライドもある。それとどう向き合うか。

これがとてもおもしろいのは、彼らがまだ20歳前後の若さであるにもかかわらず、人生に疲れ切っていることだ。自分の才能はもう枯れてしまい、この先の未来はない、と思っている。輝かしい実績を残し、一時代を築き上げた。世間から認められ、ちやほやされ天才の名を欲しいままにした。でも、人生はまだまだ続く。過去に栄冠に縋り付いて生きるわけにはいかない。大体まだ20歳前後の若さである。終わりではない。それどころかまだ始まったばかりだ。彼らは高校生、大学生で社会に出たわけでもない。人生はこれから始まる。

このプロジェクトに参加してAIから学ぶことで、彼らはもう一度自分を見つめなおし、本当のスタートを切る。これって謙虚に指導者から学ぶという事を描いているのか。でも、その相手がAIである、という一点がポイントだ。だけど、根底にあるものはシンプルでAIを受け入れ、自身が成長する、というお話になる。いろいろあるけれども、なんだかとても気持ちのいい青春小説だった。単純だけど、ここには真実がある。自分らしく生きろ、という答えは悪くない。

僕らは彼らのような天才ではないけれど、今の自分に不安を感じ、この現実から逃げ出したいと、かなりの人たちが(誰もが)心の中では感じている。それは間違いないことだろう。だけど、それを現実にしてしまうわけにはいかないし、逃げ場なんてないから、こういう小説でシミュレーションするのだろう。そして元気をもらう。物語の力はそこにある。

 

思い返すと、昨日見た『いなくなれ、群青』もこれとよく似た感じのお話だった。(たまたまだけれども、バイオリンの絃を巡るお話も共通している。)あれは大事なことを忘れて(逃げて)生きる場所のお話で、それって体のいい現実逃避だ。逃げ出して考えないで生きる。それでいいのか、という問いかけが根底にある。さぁ、どうする? 小説や映画の中にはそのヒントが隠されている。答えは自分で見つけよう。

 


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