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『バリ山行』で芥川賞を受賞した松永K三蔵の受賞後第1作ではなく、受賞前のデビュー作。未刊行だった作品が芥川賞の威光を受けて日の目を見た。よかったよかった。2021年の群像新人賞受賞作(優秀賞だからか?)なのにまだ出版されてなかったようだ。
こちらも『バリ山行』に負けないくらいに面白い。ただ前半に比べると後半が弱い。あっけない亀夫の死去からが本題なのかもしれないが、そこまでの異様な迫力がなくなる。それくらいに亀夫氏は異彩を放つ強烈なキャラクターだ。残された犬、カメオ(仮名)はそれに引き換えあまりに淡白。だから彼とのドラマは思ったほど弾まない。亀夫の犬を仕方ないから預かることになる。徐々にその犬に親近感を抱いていく。作品はよくある犬との交流を描くハートウォーミングの体をなす。だけど、彼はこの犬を野に放つ。自分の都合から。自分勝手な行為への後ろめたさではなく、生きる自由(同時に死ぬ可能性)を与えることになったこと。野生の犬なんて今はない時代にそんな夢を見る。
主人公の男は「面倒な人の亀夫」と「無表情な犬のカメオ」を通して、無為に見える自分の人生を振り返ることになる。彼がこの先どう生きることになるのかはわからないけど、与えられた毎日を受け止めて、できることから始めるしかないだろう。そこに平穏な日常が戻ってくる。