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映画・演劇のレビュー

生田紗代『まぼろし』

2010-08-18 21:19:05 | その他
 表題作以上に同時収録された『十八階ビジョン』がすばらしい。生田紗代が23歳の頃の作品。2005年7月発売。彼女の描く日常生活の断面は実にシャープだ。何も事件なんかないのに、ドキドキさせられる。会社を辞め、実家に戻った私(23歳)。両親が5日間の中国旅行に行ったことで、高校生の妹と2人で過ごすことになった日々を描く。

 友だちとの会話や、妹とのなんでもないやりとりが綴られていくのだが、そのあまりのさりげなさに涙が出てきそうになる。この気持ちを、寂しいなんて言葉にしたら、なんだか違うものになる。

 必死の就活の末、やっとの思いで就職先を見つけたというのに、数か月で辞めてしまう。きっかけはささいなことだった。たった1日仕事を休んでしまったことで、世界に違和感が生じてしまう、だなんてありえない、と思いたい。だが、そういうこともある。糸が切れたようになった。その日から1ヶ月後、辞めてしまった。大学の頃から家を出て生活していたのに、今頃になって実家で生活することになる。まるで子ども時代に戻ったように。妹と2人だけのままごとのような時間。そんな中での移ろいゆく想い。

 『まぼろし』の方はもう少しハードな話だが、どちらもよく似ている。こちらは兄と妹の話。2人とも大人になってもう家を出て暮らしている。8年前離婚した母がもう一度やり直したいと言う。父はそれを受け入れるつもりらしい。だが、自分は(主人公はもちろん妹)納得がいかない。両親の問題だ、と突き放してしまう兄をなじる。自分があの時どれほど嫌な思いをしたのか。忘れられないからだ。

 わだかまりがある。それを簡単に水に流せはしない。あの頃の母の鬱屈した心情を一身に受け止めていたのだ。母親の父への怒りの矛先は父自身にではなく、彼女に向けられていた。そのことが忘れられないし、許せない。

 だから、今頃になってどうして、帰ってくるだなんて言えるのか、と思う。母と娘、この2人の間にある確執は、待ちぼうけを食わされるラストの再会のシーンで、頂点を極める。描かれないことで感じられるものが、ここにはきちんと描かれてある。



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