習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

スアシ倶楽部『甘い想い』

2011-12-07 21:10:09 | 演劇
 とても素敵な40分ほどの小さな芝居だ。ジュンパ・ラヒリという人の『停電の夜に』を、三好淑子さんが構成、演出した作品である。彼女の美意識が前面に出て、趣味のいい小品として仕上がった。とても贅沢な時間である。

「なにか言いっこするのよ、暗いなかで」と当日パンフの表紙に書かれてある。これは、それだけのお話なのである。ある夫婦が停電になった部屋で、隠していたわけではなく、たまたま今まで喋る機会のなかったことをお互いに話す。とても寂しくてつらいけれども、幸福なひととき。それは2人の終わりにむけての儀式だった。8時から停電になる。自分たちの住むアパートメントのみの電気工事らしい。そのための5日間。暗闇のなかで、ローソクの明かりだけを頼りに、テーブルで向かい合い、話をする。ババロワーズのたかせかずひこさんと後藤七重さんが演じる。2人のたたずまいが、それだけで見ている僕たちの心を豊かにしてくれる。

 それぞれが心の中に秘めていたこと。想い出の中に埋もれていたこと。それは隠していたことではない。ほんの少しのささやかな時間。彼女が言い出したこと。でも、いつのまにか、彼もまたその時間を楽しみにしている。

 子供を死産で失った夫婦。そのことが原因で、別れていく。その直前の時間。仕事が終わり帰ってきた2人がテーブルで向き合う姿を描く。ただそれだけだ。でも、こんな優しい芝居が見たかった。気負うことなく、さりげなく、愛し合ってきた2人が最後の時を迎える瞬間の「甘い想い」を切り取る。夜の闇の静寂の中で、濃密な時を過ごす。窓から見える外の景色にはちゃんと灯りが点る。でも、この建物だけは闇に包まれる。周囲から取り残されたような場所。そんな中で、彼らは自分たちがこれまで積み上げてきた時間をもう一度見つめ直し、ちゃんとさよならを言う。

 リーディングスタイルでさらりとしたひとつの心象風景として、ある男女の愛の物語を見せてくれる。こんな形の愛もあるのだろう。とても寂しい話だけれど、心に染み入る。傷ついた2人が再生していくための第1歩を踏み出すまでの終わりにむけてのささやかな時間。しあわせはいつどこで、終わりを告げるか、わからない。それはある日突然やってくる。永遠なんてものはない。だけど、そんな中でも自分たちは自分たちらしく生きるしかない。そうすることで未来は見えてくる。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« カラ/フル『発するチカラ』 | トップ | 劇潜サブマリン『帰ってきた兄』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。