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映画・演劇のレビュー

『BLUE/ブルー』

2021-04-18 12:06:40 | 映画

吉田恵輔監督によるボクシング映画。渾身の力作。見ていてその痛ましさに切なくなる。主人公は試合に出ても勝てないプロボクサー。たぶんもう30歳くらいになるのではないか。松山ケンイチが演じているのだけれども、幼なじみが木村文乃で、後輩ボクサーが東出昌大。この3人の物語。松山は木村のことが好きなのだけど、(彼女もじゅうぶんにその気持ちを知っている)言葉にはしないし、できない。だって彼女は東出と付き合っているのだから。自分が彼女と彼を引き合わせた。嫉妬することなく、祝福している。表面上では。自分の心を隠したまま、彼らふたりと仲良く付き合う。誰に対しても優しい。勝てないことを周囲から暗にバカにされていることもわかっているけど、気にしないふりをしている。このままいつまでボクシングするか、どこかでけじめをつけなくてはならないことはわかっている。でも、踏ん切りはつかない。理由は明白だ。好きだから。大切だから。離れたくはないから。

ジムでは後輩たちの指導に熱心だ。誰に対しても優しい。でも、心の中ではどういう思いを抱いているのかはわからない。もちろん、それを見せることはない。ただ、引退する日(その日が引退だという事は、誰にも言ってなかったが)、さりげなくふたりとの別れ際に「お前なんか負ければいいといつも思っていたと」半分冗談のように言う。もちろんそれは本音でもある。

映画はそんな彼と周囲の人たちの姿を淡々としたタッチで描く。彼と先のふたりに新人として入会してきた柄本時生を含めた4人がお話の軸になる。彼らのそれぞれの想いが松山を中心にして均等に描かれていく。

映画は過剰な感情移入は拒否する。誰かの心情に寄り添うのではなく、それぞれが抱える不安と向き合う。そこにボクシングのシーンがしっかりと挟まっていきながらお話は展開する。ボクシングのシーンもドラマチックには描かない。ドキュメンタリーのように見せる。実にリアルだ。監督はそこにもこだわった。ボクシングジムを舞台にしたこの人間ドラマは、ある種の普遍に通じる。生きることの痛みだ。同時に好きなことをやることの愛おしさ。(そこには理由なんかない。)なのに、それがこんなにも寂しい。

やがて訪れる破局は直接には描かれない。前後してふたりとも試合に負けて、引退する。でも、人生はまだまだ続く。体はボロボロになりこの先の不安もある。でもそこにも直接は触れない。優しく包み込んで描かれる。寂しい映画だ。その寂しさが生きることなのだろう。松山が、仕事の途中シャドーボクシングするラストシーンは、痛ましいけど涙が出るほど感動的だ。


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