『東ベルリンから来た女』のクリスティアン・ペッツォルトがこんな映画を作るのかと、驚く。水の精であるウンディーネ神話をモチーフにしたファンタジーなのだけど、語り口がリアルで、お話の内容との齟齬が不思議な味わいにつながる。これでよかったのか、どうだか、よくわからない。不思議な感触に包まれる。
90分という短い上映時間も影響して、「えっ、これでおしまいなの、」とキツネにつままれた気分。説明はいらないけど、あきらかに説明不足で、よくわからない。お話は単純なのだけど、それがどういうことを意味するのか、わかるようで、なんだかよくはわからないのだ。
彼女がなぜ消えてしまったのか。「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に帰らなくてはならない」というお話の根幹はわかっているのだけれども、映画のタッチがそういう神話とは趣を異にするからだ。不思議な出来事がこのリアルなタッチと合わないから、居心地が悪い。でも、そこがこの映画の魅力ではある、のだけれど。
最初の恋が終わりを告げた瞬間に始まる新しい恋。それは禁断の恋なのだけど、映画はそうは描かない。彼女の中に生じる苦悩はさらりとかわされるから。それはないことではないか、と思わされる。内面の葛藤とかではなく、今目の前にあうものをそのまま受け止めて、消えていく。確かに男を殺して水に還るのだけど、それは最初の男への怒りではなく、今目の前にいる男を愛おしく思う気持ちだ。だけど、それがこんなのもさらりと描かれるから、なんだか不思議な気分になる。僕はこれでは少し物足りない。それに彼女の気持ちがこれではよくはわからないし。勝手な女だとも思うし。納得がいかない。