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主役はアンソニー・ホプキンスとコリン・ファレル。まるで知らない無名の監督がこのビックネームを揃えて、そこにどんなことを仕掛けてくれるのか、期待してもいいはず。先週『ファーザー』を見てその斬新な発想と見事な作劇に感心した。あれも新人監督の作品だ。アンソニー・ホプキンスは、何を決め手にして作品を選ぶのか。
これはブラジル人監督アルフォンソ・ポヤルトのハリウッド・デビュー作。彼がどんな人で、どういう経緯からこの作品を手掛けることになったのかは知らない。だけど、この1本から彼の想いはちゃんと伝わる。作家ではなく、職人としてこの仕事に取組み、でも、安易に譲らない。自分にできることはちゃんとやり遂げながら、商業映画としての矜持は守る。
この作品はあきらかに『羊たちの沈黙』へのオマージュではないか。あからさますぎて、笑える。ホプキンスは嬉々としてセルフリメイクに挑む。この作品の彼は実に誠実。『羊たちの沈黙』のレクターの狂気とは違う。若い監督は、この映画でジョナサン・デミを凌ぐつもりはない。連続殺人犯を追う刑事たちとそれを援護をすることになるホプキンス演じる引退した医師。彼は相手の体に触れただけで、その人の未来と過去が見える。と、こういう設定だけで、この映画はもうB級作品になってしまうのだけど、気にしない。
ただ、終盤に犯人であるコリン・ファレルもまた同じ能力を持つ、ということがわかり、そこからはどちらが、どう相手を出し抜くのか、というお話になるから、もう荒唐無稽で、これでは乗り切れないという観客もいることだろう。もっとリアリティのある設定にしてもよかったはずなのだけど、敢えて、単純なお話に収めた。でも、最後まで飽きささなかったのは、作り手の誠実さゆえであろう。荒唐無稽だけど、納得させられる面もある。犯人の言い分がいい。苦しんで死ぬより、その前に楽に死なせてあげたい、という善意からの行為だ、と。
監督のアルフォンソは実に丁寧にこの穴だらけのお話を紡いでいく。入口にいた二人の刑事は後半後景に沈み、前述のスターふたりに主役の座を明け渡す。バランスは崩れる。でも、気にしない。野心もない、緻密でもない。なのにちゃんと面白いB級映画。どうしてこうなったのか、よくわからないけれども、いろんな意味でなんだか面白いではないか。