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映画・演劇のレビュー

『先輩と彼女』

2015-10-28 22:03:16 | 映画

また、少女マンガの映画化か(南波あつこの100万部を超えるベストセラー、ということだ)と、さすがに食傷気味なのだが、それでも、これが池田千尋監督の劇場用長編第二作である、という事実だけで、絶対にはずせない。ようやく、彼女の新作が見られる。(しかも、今年はこのあと、もう一本続くのだ!)デビュー作『東南角部屋二階の女』が素晴らしかった。なんでもない話なのに、それをちゃんとなんでもないまま見せて映画として完結させた。それって、つまらない、というのとは違う。凄いことなのだ。だから、今回もこれが、その辺にゴロゴロあるよくある普通の少女マンガ原作の映画にはならないはずだ、と期待した。一見するとふつうの商業映画であるにも関わらず、期待通りの作品に仕上がっていた。

お話自体はたわいない。もう何度となく見てきたどこにでもある少女マンガの世界だ。恋を夢見る高校生になったばかりの女の子が、ある先輩を好きになり、彼にあこがれる1年間を描く。2つ年上の先輩が好きで好きでたまらないけど、彼の心の中には、この春卒業して、大学生になった先輩がいる。彼は彼女のことが好き。お話は、そういう、よくある片想いの連鎖。

まぁ、ただの定番のお話なのだ。しかも、突っ込みどころ満載の展開、描写が続く。しかし、そんなお決まりには目を瞑る。大切なのはそこではない。この映画全体のテンションの低さだ。池田監督は、少女の夢物語を丁寧になぞりながら、それだけでは終わらせない。彼女の心の軌跡に対して、丁寧なフォローを見せる。そうすることで、映画は少女の心のドラマとしての整合性とリアリティーを保つ。1年という月日を丁寧に追いながら、こんな1年間を夢のような高校生活として立ち上げることに成功した。同時にこれは、映画の中のお話だけど、嘘ではない、ありえる。そんな微妙で繊細な心の綾を描く映画として立ち上げたのだ。すごい。

登場する全員をまだ無名の新人キャストで固めたのも、よかった。この手の作品は、手垢のついたスターを起用したアイドル映画として、作られることが多いのだが、そうじゃなかったのも幸いした。(同音異曲の『ストロボ・エッジ』なんかが、そう)主人公のふたり(と、彼らのそれぞれの親友の2人。さらには、あこがれの女子大生である先輩の計5名のメインキャスト)の初々しさがいい。美男美女ではなく、どこにでもいそうな普通の男女(でも、もちろん、みんなとてもかわいい)であることもよかった。久々に、「誰も知らないけど、僕だけが知っている傑作」(だって、劇場には観客がいないのだ!)と巡り合えたって気分だ。

校庭に面した窓の汚れ具合がいい。教室の窓とは対照的だ。それは部室(たしか、地域研究部、というあやしい部、というか、何でも部、なのだが。それに、そこは生物準備室なのだが)の窓で、誰も掃除しないからそうなる。1階なのでその窓から結構出入りしている。この窓から校庭で活動している運動部がよく見える。これもまた、(同じ日に見た『先生と迷い猫』同様)ロケーションをうまく活かした映画になっているのも成功の秘訣だ。

ここから見える世界は、もしかしたら、現実の高校生活なのかもしれない。だが、彼女の高校生活はこの窓の内側の小さな世界にある。ここは現実ではないのかもしれない。だが、ここで彼女は、ときめき、傷つき、ドキドキを繰り返す。汚れた窓の向こうは見ない。先輩はこの窓辺で外を見ている。現実と向き合う先輩と夢を見る彼女の距離。それが1年間のさまざまな出来事を通して描かれていく。入学式から卒業式まで。徹底している。



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