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映画・演劇のレビュー

砥上裕將『7・5グラムの奇跡』

2021-11-19 15:46:44 | その他

『線は、僕を描く』で鮮烈なデビューをした砥上裕將の第2作。今回も前回同様自然体のタッチで、ひとりの青年の成長を見守る。前回は水墨画の世界に誘われる青年のお話だったが、今回は視能訓練士を取り上げた。でも医療現場を扱う小説というわけではない。結果的にはそういうことになるけど、あくまでも前回同様ひとりの弱い男の子が自分にできることをみつけて(自分の為すべきこと、と言うほうがいいか)その道をゆっくりと進んでいく姿を描いていくという作品だ。

5つのお話は、ことさら感動的なエピソードにはしないけど、読んできてひとつひとつのエピソードが胸に沁みていく。患者との出会いを通して、自分のあるべき姿を見出していく。ここにいていいんだ、と。いや、ここにいるべきなのだ、と。

主人公の野宮は大学を出たけれども、就職先が決まらない。視能訓練士の資格を取ったが、病院の内定は出ない。大学の視機能学部の卒業生で唯一就職浪人になりそうな状況にいた。最後のチャンスとして面接に向かった北見眼科医院に採用される。そこでの日々が綴られていく。5つのエピソードからなる長編小説だ。5人の患者との物語。1年間のここでの生活。医院のスタッフとの日々の中で、彼が少しずつ成長していく姿が描かれる。

生きていくとはどういうことなのかを教えられる。押しつけがましい感動のドラマではない。目が見えるという当たり前のことが、どれだけ素晴らしいことか、そんなこといくらでも想像できるけど、ふだんは誰も意識しないこと。ここにやってくる患者たちとのふれあいを通してそんな当たり前のことを深く再確認させられる。

これは自分に対して自信を持てなかった野宮が、ここにいていいんだ、と思えるまでのお話。自分の居場所をちゃんと持てること。その幸せを嚙み締める。結果的には医療現場を扱う小説のある種のパターンにもちゃんと収まるけど、視点が少しだけ今までのものとは違う。奇跡を起こすのは彼ではなく、患者と彼らスタッフだ。

眼科の医療機器を扱う視能訓練士の姿にスポットを当て、その地味な作業を丁寧に描くことで、人が生きることへの普遍的な答えを導き出していく。砥上裕將の誠実な作業がこのいくぶん甘いお話にリアルをもたらした。作り話ではない理想をそこに感じる。全口径24ミリ、重量7・5グラム、容積6・5ミリリットルの中に宿る光。奇跡。


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