このオムニバス映画を見ながら、いい映画を見ることは大事だ、と改めて思った。この短編集を彩る4人の巨匠たちは、この小さな作品たちを全力で作っている。手慰めではない。片手間でもない。渾身の力作でもない。ただ、あるがまま。15分から30分という上映時間は、制約があっての尺数なのかもしれないが、彼らはそこで手を抜かない。そんなこと当たり前の話ではないか、と言われるかもしれないが、与えられたテーマで、少ない予算で作る企画ものというパッケージングを逸脱することなく、誠実な仕事をこなすことは、簡単なことではない。だが、彼らはそれぞれのアプローチでそれをこなして見せてくれる。ため息の出るほど、見事な映画だった。
サブタイトルに『ギマランイス歴史地区』とある。ギマランイスはポルトガル北西部に位置する小さな街らしい。ここを舞台にした映画を作る、というのが今回の企画で、それにこの4人の監督が参加した。
2012年、ギマランイスは欧州文化首都に指定された。そのことを記念してこの映画が生まれた。だが、映画はただ単なるイベント作品なんかではなく、4人のそれぞれのこの企画への確かなスタンスが感じられる力作ぞろいで、見終えて本物の映画を見たという満足感に包まれる。でも、それは満腹感ではなく、とてもあっさりとしたもので、できることなら、この後、自分の足でこの街を歩いてみたいと思わせる。そしてそうすることで自分だけの5本目の映画をそこに完成させたとき、この映画自体も本当の完結を見るのではないか、と思わせる。
4本は、まず、バーで働く男の1日を描いたアキ・カウリスマキ監督「バーテンダー」から始まる。無声映画ではないか、と思わせるほど、主人公は無口だ。というか、全編一切しゃべらない。続く2本目は1974年の革命をモチーフにしたペドロ・コスタ監督「命の嘆き」。これは実験映画の趣。彼らしい作風だ。エレベーターの中での2人の姿を、ただ見せるだけ。閉鎖された紡績工場が題材のビクトル・エリセ監督「割れたガラス」はドキュメンタリー作品。紡績工場の食堂でここで働いていた人たちにインタビューする。彼ら今の姿を、そして彼らがそこで語る言葉を見せていく。彼らの背景の巨大な写真。そこに焼き付けられた当時の人たちの視線が圧倒的だ。ギマランイス城を舞台に描いたマノエル・デ・オリべイラ監督「征服者、征服さる」はとても軽いタッチの観光映画。だが、この作品全体の締めとして、とても効果的だ。映画はこの4話で構成されている。
ルックスはまるで似ていない。4人がそれぞれ、自分の作品をここに展開している。気負うことなく、でも、肩の力を抜いた小品というわけでもない。平常心で、淡々と1本の作品を作っていく。そんなふうに見える。だから僕たちも、「あのエリセの新作が見れる」と気負うことなく、この作品自体と向き合えばいい。
サブタイトルに『ギマランイス歴史地区』とある。ギマランイスはポルトガル北西部に位置する小さな街らしい。ここを舞台にした映画を作る、というのが今回の企画で、それにこの4人の監督が参加した。
2012年、ギマランイスは欧州文化首都に指定された。そのことを記念してこの映画が生まれた。だが、映画はただ単なるイベント作品なんかではなく、4人のそれぞれのこの企画への確かなスタンスが感じられる力作ぞろいで、見終えて本物の映画を見たという満足感に包まれる。でも、それは満腹感ではなく、とてもあっさりとしたもので、できることなら、この後、自分の足でこの街を歩いてみたいと思わせる。そしてそうすることで自分だけの5本目の映画をそこに完成させたとき、この映画自体も本当の完結を見るのではないか、と思わせる。
4本は、まず、バーで働く男の1日を描いたアキ・カウリスマキ監督「バーテンダー」から始まる。無声映画ではないか、と思わせるほど、主人公は無口だ。というか、全編一切しゃべらない。続く2本目は1974年の革命をモチーフにしたペドロ・コスタ監督「命の嘆き」。これは実験映画の趣。彼らしい作風だ。エレベーターの中での2人の姿を、ただ見せるだけ。閉鎖された紡績工場が題材のビクトル・エリセ監督「割れたガラス」はドキュメンタリー作品。紡績工場の食堂でここで働いていた人たちにインタビューする。彼ら今の姿を、そして彼らがそこで語る言葉を見せていく。彼らの背景の巨大な写真。そこに焼き付けられた当時の人たちの視線が圧倒的だ。ギマランイス城を舞台に描いたマノエル・デ・オリべイラ監督「征服者、征服さる」はとても軽いタッチの観光映画。だが、この作品全体の締めとして、とても効果的だ。映画はこの4話で構成されている。
ルックスはまるで似ていない。4人がそれぞれ、自分の作品をここに展開している。気負うことなく、でも、肩の力を抜いた小品というわけでもない。平常心で、淡々と1本の作品を作っていく。そんなふうに見える。だから僕たちも、「あのエリセの新作が見れる」と気負うことなく、この作品自体と向き合えばいい。