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映画・演劇のレビュー

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』

2007-07-26 00:38:55 | 映画
 この挑発的なタイトルに心惹かれた。そして、予告編のとてつもなくブラックな世界にも魅せられた。これはかなり笑える映画に違いないと確信して、劇場に向かったのだが、予想に反して、見事に笑えない。それにも驚いた。

 かといってつまらなかったかと言われると、全くそうではない。この異常なお話は、笑えなくなるくらいにリアルだったのである。この映画は正真正銘の本気だ。このねじくれた家族の心の在り処を愚鈍なまでに実直に描いていくから笑いさえ凍りついてしまう。

主人公たち4人の徹底したわかり易さにも驚かされる。それはカリカチュアしたりする浅はかさとは隔絶したものだ。彼らの性格、考え方のストレートさはこの作品の熱いエネルギーとなり、この作品をどこまでも過激なものにする。

 永作博美の兄嫁のひたむきさ。それがとんでもない勘違いを生み続けて、気が付けば、もう取り返しのないことになっているのに、本人は全く気付いていない。そんな彼女のぎこちない笑顔がこの映画を終始リードする。この映画のほんとの主役は彼女ではないか、と思うくらいだ。

 コインロッカーに捨てられて、施設で育った彼女は、結婚し、生まれて初めて家族というものを作る。両親がいて、妹がいて、もちろん夫がいる。そんな幸福な世界が、一瞬で消えてなくなり、この広い家にひとりぼっちになる。彼女だけが取り残される。

 澄伽(佐藤江梨子)が4年振りに帰って来ることからドラマが始まる。交通事故で両親を亡くしその葬儀が営まれる。そこにこの超カンチガイ女が戻ってくる。

 自分は特別な存在で「絶対に人とは違う」と頑なに信じきり、何ひとつ疑うことなく、自分道をまっしぐらに生きる。女優になる、と覚悟を決め東京に行き、芽が出ないのは全て周囲のせいだと思っている。この女のカンチガイ振りに笑わせられるものと思っていたが、ここまでひたむきでいられたら、感動するしかない。映画は僕たち観客の浅はかな予想なんて遥かに凌駕していく。悪いのは自分の周りの世界であり、自分は何ひとつ悪くない。普通そこまで言い切れるか?もちろん彼女にフツーなんていう概念は当てはまらない。

 極限まで突き詰めた異常女である。そして、そんな彼女に虐められ続ける妹、清深(佐津川愛美)は、一見被害者顔してるが、最後にはこいつが一番したたかだとわからされる。一番の被害者は本人も言うように姉の澄伽のほうではないか、と思ってしまうくらいなのだ。

 兄の永瀬正敏の従順さも不気味だ。そこまで澄伽に支配されなくてもいいはずなのに。この男もまた別の意味で妻の永作同様、家族の絆という幻想に縛られている。歪で不条理なまでもの執着を持っている。だから、彼女以外の女を抱かないという澄伽との約束を一生涯守り続けようとする。

 山間の田舎町を舞台にして、恐るべきバトルが展開されていく。新人吉田大八のこの傑作は、予想を遥かに超越したモンスター映画だ。

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